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底付き。

もう、あれかな?と、今は思います。あ。僕個人の意見ですけど。あれね、「底付き」。

昔々のアルコール依存症に関する書物などを読むと、これが必ず書いてありましたね。「底付き」。

アルコール依存症に罹患した人間は、この「底付き」を経験しないと回復することはできない、などと書いてある、そんな本もありました。曰く・・・

お酒に溺れて、信用を失い、仕事も失い、友人も失い、家も失い、家族も失い、何もかも失い、残っているのは自分の身体、自分の命だけ、その命も、このままでは風前の灯火、と、そんな状態に陥ってこそ初めて、はた!と、

「このままではいかん」

と気付き、そこからお酒のない生活を始める。

と。

いやね。

確かに、そういう人もおられて、そっから驚く程の回復を得て、社会的に名を成すまでになったというもの凄い人も、そりゃあおられるでしょう。

でもねえ。やっぱり、そんなのはほんの一握り、いや、一握りも居られへんやろうなあ、と、そう思います。

良く言うても、その環境を甘んじて受け入れて、お酒から離れて地道に真面目に残りの生を全うする、と、そういうことになるんだろうなあと思います。

いやいや。多分、それだって実際には一握りなんやろうなあ。

多くの人は、その環境を、お酒の入ってない脳味噌で冷静に眺めて絶望するなり、あるいは、そこまで到達したものの、最早身体はまともな生活を許さない、そんな状態であったりするのじゃないか、と、そう思います。

昔の感覚では、それも致し方ないこと、アルコールに溺れた人間の末路と捉えられていたのかも知れないですね。

今はようやく、この病気への理解が広がって、所謂「底付き体験」を得るなどということではなく、まったく別の遷移で、この病気のことを正しく、きちんと、自分のものとして知る、理解する、と、そういうことによって回復の道を歩るくことができるようになりつつあると、僕は実感しています。

だからこそ、そんな昔ながらのアルコール依存症者のイメージを引きずる「アル中」という言葉ではなく、きちんとした病名、治癒はできないけれど回復することができる病気の名前である「アルコール依存症」という呼び方は広まればいいなあ、と、そう感じています。

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