さて、こうして三度目の膵炎での入院をした僕でしたが、非常に熱心で真面目に治療してくださるK先生のスタンスに感化されて、徐々に、ようやく、ではありますが、治療に対して前向きな気持ちになって行きました。
この三度目の入院は、約10日間。
その期間の点滴と絶飲食による治療によって、体調も安定、γGTPの数値も、アミラーゼの数値も正常に戻り、一旦退院することとなりました。
これまでの数度に及ぶ入院は、すべてアルコールを原因とした内蔵の不調での入院。
毎回まいかい、内蔵の炎症や潰瘍を治療してもらって、いわば「また飲める状態」に戻してもらっての退院でした。
退院後、少しは「禁酒しよう」とは思うものの、アルコール依存症という病気に関する知識がない僕は、早ければ三日、長くても一ヶ月も経てば、
「そろそろ。ええやろう。今度は、上手くコントロールして飲むし、ね」
と、そう考えてしまって再飲酒して元の木阿弥の状態に戻ってしまっていました。
元の木阿弥、とは言え、それは、入院から禁酒する一連の期間の前の状態、というワケではなく、身体の状態は悪くなっているし、アルコールへの依存も確実に進行しているし、毎回まいかい、
「更に悪い状態からの再飲酒」
になってしまっていて、ますます、病気=アルコール依存症を悪化させ続ける、そんな日々でありました。
K先生の治療を受けたこの約十日間の入院を経ても、そう簡単にはお酒から離れることはできませんでした。
退院後、その当時勤務していた新しい勤務先が、とてもお酒を通じた交流の多い会社であったこともあり、再びお酒を飲むようになってしまいます。
これでは駄目だ!
と感じた僕は、K先生に直接電話して、
「先生。お酒が止まりません。なんとかしたいんです。入院させてください
と、自ら申し出て、今度は前向きな理由で(笑)、再度K先生の治療を受けることを決心しました。
『これでは駄目だ!』という感情、そして、『お酒をなんとかしたいんです』という感情。
そんな気持ちは、これまで持ち得なかった、治療への前向きな感情やったのかも知れません。
冷静に見れば、長年アルコール問題に苦しんできた僕の人生において、ある意味において「底をついた瞬間」やったのかも知れません。
今から思えば、この時点もV字の底辺として、それからまだ長いながい時間を要することにはなるのですが、僕の人生は、それでもゆっくりと回復に向かって進み始めたのかも知れません。
この三度目の入院は、約10日間。
その期間の点滴と絶飲食による治療によって、体調も安定、γGTPの数値も、アミラーゼの数値も正常に戻り、一旦退院することとなりました。
これまでの数度に及ぶ入院は、すべてアルコールを原因とした内蔵の不調での入院。
毎回まいかい、内蔵の炎症や潰瘍を治療してもらって、いわば「また飲める状態」に戻してもらっての退院でした。
退院後、少しは「禁酒しよう」とは思うものの、アルコール依存症という病気に関する知識がない僕は、早ければ三日、長くても一ヶ月も経てば、
「そろそろ。ええやろう。今度は、上手くコントロールして飲むし、ね」
と、そう考えてしまって再飲酒して元の木阿弥の状態に戻ってしまっていました。
元の木阿弥、とは言え、それは、入院から禁酒する一連の期間の前の状態、というワケではなく、身体の状態は悪くなっているし、アルコールへの依存も確実に進行しているし、毎回まいかい、
「更に悪い状態からの再飲酒」
になってしまっていて、ますます、病気=アルコール依存症を悪化させ続ける、そんな日々でありました。
K先生の治療を受けたこの約十日間の入院を経ても、そう簡単にはお酒から離れることはできませんでした。
退院後、その当時勤務していた新しい勤務先が、とてもお酒を通じた交流の多い会社であったこともあり、再びお酒を飲むようになってしまいます。
これでは駄目だ!
と感じた僕は、K先生に直接電話して、
「先生。お酒が止まりません。なんとかしたいんです。入院させてください
と、自ら申し出て、今度は前向きな理由で(笑)、再度K先生の治療を受けることを決心しました。
『これでは駄目だ!』という感情、そして、『お酒をなんとかしたいんです』という感情。
そんな気持ちは、これまで持ち得なかった、治療への前向きな感情やったのかも知れません。
冷静に見れば、長年アルコール問題に苦しんできた僕の人生において、ある意味において「底をついた瞬間」やったのかも知れません。
今から思えば、この時点もV字の底辺として、それからまだ長いながい時間を要することにはなるのですが、僕の人生は、それでもゆっくりと回復に向かって進み始めたのかも知れません。