連続飲酒を続けながらも、毎日、新しい会社のオフィスには出ていた僕です。

入社までのしばらくのモラトリアムの期間、お酒のない生活を送っていた僕ですが、ふとしたきっかけから再飲酒してしまいました。

前職退社後、アルコール性の膵炎治療のための入院を経て、の、お酒のない生活。入院中はお酒が飲めないため、退院後もしばらくの間は、飲まない生活が続いていました。

ところが、次の勤務が始まるまでのちょっとした空白期間に、

「ちょっと一杯ならええやろう」
「今度こと、上手くコントロールして飲む。もう、飲みながら働くなんてことはしない」

とかなんとか・・・こう、眠たいことを考えながら、禁断の一杯目に手を出していまったワケです。

当時はアルコール依存症という病気のことを理解しておらず、自分自身、コントロール飲酒ができない状態であるとは思っていなかったということですね。

と、いうか、アルコール依存症という病気が、飲酒をコントロールできなくなる、そんな病気であるという、そういう知識がありませんでした。

そして、それ以前に、アルコール依存症という、とっても特殊?な病気に自分が罹患しているなんて、まったくもって、これっぽっちも考えていませんでした。

そして、ふとした誘惑から手を出した、そのちょっと一杯が二杯になり、二杯が三杯になり、三杯が四杯になり、四杯が五杯になり、五杯が六杯になり、六杯が七杯になり、七杯が八杯になり、八杯が九杯になり・・・。

・・・次の会社に初出勤する頃には、もう朝からお酒を飲んで仕事に行く、そんな状態に戻って、元の木阿弥になってしまっていました。

早朝から、ばっちり体内にアルコールを入れて勤務する僕でしたが、長くて一時間、短ければ三十分も経てば、もう。体内アルコール濃度が下がってしまい、身体はぶるぶる、精神(こころ)はいらいら・・・。

そんな離脱症(所謂、禁断症状)に悩まされてしまいます。

離脱症をおさめる唯一の方法は、体内アルコール濃度を元の状態に戻すこと。そう、お酒を補給することでした。

一日に何度も、三十分、一時間に一回は、オフィスの席をたって、隠れ酒を飲みに出る僕に、ある日、部長から、

「おい。さぶろう、ちょっと。ちょっとこっちに来なさい」

という声がかかりました。

入社して一週間も経たない、そんな頃でした。

「何を言われるのだろうか?早くも、日中、僕がお酒を飲んでることがバレたのか?」

とびくびくしながら部長席に向かいます。

「・・・はい。部長。・・・な、なんでしょうか?」

びくびくしながら、部長の顔から自分の顔を背け気味にして、話を聞きます。

顔を背けるのは、勿論、お酒で真っ赤になった目をみられないため。

部長のお話をお聞きするのに、顔をあっち方向に向けているのは、酒臭い息をかがれないため。

びくびくする僕に部長が言った言葉は・・・

「今回、折角、専門家のさぶろう君に来てもらったんだ。君に、うちの今までのやり方を押し付ける気はないからね。好きな時に好きな場所に出向いて、いろいろと最新の情報を仕入れて来て、我々にフィードバックして欲しい」

「期待しているからね!好きに動いてくれていいよ」

という予想外の指令。

こうして連続飲酒会社員は、 日中好きな時間に好きな場所で好きなだけお酒を飲むことができる、そんな権利?を手に入れてしまったのでした。