★2月8日記念日『ロカビリーの日』序章 | ロカビリー青春白書

★2月8日記念日『ロカビリーの日』序章

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★2月8日記念日『ロカビリーの日』

*ロカビリーの日
1958 (昭和33) 年のこの日、有楽町で「日劇ウエスタンカーニバル」が開かれました。これを火付けにロカビリーブームが到来。街にはロカビリーファッションの若者が溢れた。













ロカビリー 昭和33年 日劇ウエスタンカーニバル





ロカビリー三人男 - 左から 山下敬二郎、ミッキーカーティス、平尾昌晃


『何故、ロカビリーの日なのか?』

✴︎ロカビリーの日
1958(昭和33)年のこの日、ロカビリーブームの火付け役となったウェスタン・カーニバルが、有楽町の日劇で開かれました。

✴︎概要
現、渡辺プロ「通称ナベプロ」会長の「渡邊 美佐」(わたなべみさ、1928年9月25日 - )は、妹に誘われてジャズ喫茶に行った。そこで目にした(耳にした)ロカビリーと、それに熱狂する若者達をまのあたりにして、「これが新しい若者の音楽なのか」と驚いた。このバンド達を大劇場に一同に集めたらおもしろいイベントになると直感。



同様に有楽町のビデオ・ホールでウェスタン・カーニバルを取り仕切っていた「堀 威夫」(ほり たけお、1932年10月15日 - ホリプロ創業者、現取締役ファウンダー)も大劇場で開催したいという希望を持っており、思惑が一致。さっそく大劇場の日本劇場と、交渉を開始し紆余曲折はあったものの なんとか実現に こぎつけた。

そして 第一回目を、日本劇場を運営する東宝が1958年2月8日から開催する。(これを記念し、2月8日は『ロカビリーの日』と制定されている)。

 

その後、日劇ウエスタン・カーニバルと称される。




観客動員数は初日だけで9,500人、1週間で40,522人を記録した。この数字は、ドーム球場や日本武道館といった、大きなハコモノが存在しない1950年代当時としては、異例の記録である。



✴︎ジャズ喫茶
ジャズ喫茶(ジャズきっさ)とは、主にジャズのSP・LPレコード音源をかけ、客は鑑賞を主目的として来店する形式の喫茶店である。しかし、一部グループ・サウンズ・ロカビリーなどのライブステージ主体の音楽喫茶もジャズ喫茶とよばれていた。(現在のライブハウスの原形)





日劇ウエスタンカーニバル - wikipedia
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E5%8A%87%E3%82%A6%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%90%E3%83%AB




ロカビリー(rockabilly)は、1950年代に誕生した音楽。RABなどと略記する場合もある。当時はロッカビリー(Rock-A-Billy)と呼ばれ、バップ(黒人ブルースマンなどが、床を'TAP'するより強く'BOP'した個人ダンス)やジャイヴ、ジルバを踊った。



Bill Haley & His Comets - Rock Around The Clock (1955)

 


1950年代初期のアメリカ南部、メンフィスなどの地域において、黒人音楽のブルースから生まれたロックンロールと白人音楽のヒルビリーやカントリーが融合して生まれ、1954年から数年間流行した。




ロカビリー - wikipedia
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%AB%E3%83%93%E3%83%AA%E3%83%BC