第1回の記事では、日本の構造的問題のほとんどが「高齢者優遇」という設計に起因していることを指摘した。
そして第2回では、現役世代が「社会保険料」という名のステルス増税によって、いかに下の世代の青天井の犠牲によって老人福祉が成立しているのかという不条理を解剖した。
今回は、社会保障費の中でも「医療」という聖域にメスを入れる。
「医療を削ることは、命を削ることだ」という言説がまかり通っているが、それは科学的根拠に基づいた真実なのだろうか。医療経済学における「最強のエビデンス」を紐解きながら、日本にはびこる医療の欺瞞を暴いていこう。
1. 医療経済学の「黄金律」:ランダム化比較試験(RCT)
本論に入る前に、科学的な「エビデンス」の強さについて触れておく必要がある。
私は(医療)経済学の専門家ではないが、強固なエビデンスの元「老人福祉を消せ」と主張している。
通常、医療データの分析は「相関関係」に留まることが多い。
しかし、医療経済学において特に信頼性が高いとされるのが「ランダム化比較試験(RCT)」というデザインだ。これは、対象者をランダムにグループ分けし、一方には特定の介入(例えば医療費の値下げ)を行い、もう一方には行わないことで、その「因果関係」を純粋に測定する手法である。
統計学を通らなかった人に向けて補足すると、通常のグループ分けでは グループ分けする人のバイアス(偏り)が入ってしまう。
「イケメンは右」
「最近仲良いxxxちゃんは同じグループ」
それによってグループに偏りが生じると、実験結果としては介入による差異なのか バイアスに起因するのか特定できない。
そのため、実験のデザインとして完全にランダム(くじ引きとか)でグループ分けをして介入を行うことは極めて重要なのだ。
社会実験として実施するには膨大なコストと倫理的ハードルがあるため、この手法を用いた研究は極めて稀少であり、そこから得られた結論は「黄金律」として扱われる。
実際、実験のデザインとしては、上位2番目に当たる。
これから紹介する2つの実験は、まさにこのRCTによって医療の本質を突きつけたものである。
2. ランド医療保険実験:価格が需要を支配する
1970年代から80年代にかけて米国で行われた「ランド医療保険実験(RAND Health Insurance Experiment)」は、医療費の自己負担額が人々の行動と健康にどう影響するかを検証した、医療経済学の歴史上もっとも重要なRCTの一つだ。
実験の結果、以下の事実が証明された。
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「無料」に近いほど、医療の需要は膨れ上がる: 自己負担が少ないグループほど、受診回数や入院回数が劇的に増加した。
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健康状態に「差」は出なかった: 最も重要なのは、医療を頻繁に利用した「無料グループ」と、受診を控えた「高負担グループ」の間で、平均的な健康状態に有意な差は見られなかったことだ。
つまり、医療の価格を下げると需要が激増し頻繁に医者の元に通うようになるが、必ずしも健康には直結しないという結論が示されたのである。
3. オレゴン医療保険実験:安心感と健康の乖離
2008年に行われた「オレゴン医療保険実験(Oregon Health Insurance Experiment)」もまた、強力なRCTである。
この実験ではオレゴン州の財政が傾いてきたので、医療保険あり(medicated)なしを、なんとくじ引きで決めてしまうと言う、なんともアメリカンなセットアップで行われた。
結果は以下の通りだ。
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精神的な「安心感」は向上した: 高額な医療費に怯える必要がなくなるため、うつ病の発生率などは低下した。
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「身体的な健康指標」は変わらなかった: 血圧、コレステロール値、血糖値といった客観的な数値には、保険の有無による改善は見られなかった。
この実験は、「医療保険は家計の安心材料にはなるが、身体を物理的に健康にする魔法の杖ではない」ことを突きつけている。
4. 日本での検証:重岡教授が暴いた「70歳の壁」
では、これら米国の実験結果は、日本でも当てはまるのか。
これについては、すでに日本でも研究が進んでいる。
東京大学の重岡仁教授による研究は、日本の医療費の窓口負担が70歳を境に2割から1割へと激減するポイントに着目した。データによれば、70歳になった瞬間に医療の需要は跳ね上がるが、その一方で、死亡率やその他の健康指標には全く変化が見られなかった。
窓口負担を下げ、現役世代の労働価値を投入してまで高齢者を病院に通わせても、結局のところ「死ぬ時期は1ミリも変わっていない」。(正確には、統計的優位なレベルで差は見られなかった)
「高齢者の安心のために下の世代から収奪し、結果健康も寿命も変わりませんでした〜笑」
という、なんとも悲しいオチだ。
すでに解説したが、日本の医療は実質「賦課方式」で、現役世代の労働者がせっせと負担している医療保険料の積立金を老人に6兆円規模で毎年横流しにしている(後期高齢者医療制度)。
これは政策的に言えば、単なる「無駄金の投下」に他ならず、現役世代は公的保健の収奪から逃れられないので「詐欺」と言うほかない。
5. 高齢者の負担増は、至極当然である
以上のエビデンスを踏まえれば、高齢者の窓口負担を増やすことは、何ら非人道的なことではない。
私が感情論で「老人福祉を削れ」と言っているわけではないことが分かれば嬉しい。
私だって公的医療の世話になることがあるので、丸ごと全部なくせなんて主張しない。
ただ、老人福祉の維持のために凄まじい犠牲を強いられた上、なんら効果がありませんでした(笑)だったら「それは違うだろ」と言っているだけだ。
この手の反論をすると、Twitter A.K.A. オトナの言論バトル会場では
「保健なんだからしょうがないだろ」
「日本の保険は世界一で(以下、なんの足しにもならない蘊蓄)」
「高齢者だって払っている!!!!」
「もし受診控えで重大な病気を見逃したらどうするんだ!!!!」
といった、制度も統計学も理解していない人間の浅はかな反論が返ってくる。
というか、この手の反論を医者がやってくるのだから手に追えない。
お前らは勉強できるんじゃなかったのか。
もし「公的保険」という建前を維持し、保険制度としてのポーズを崩さないのであれば、本来、リスク(受診確率)の高い人間が応分の負担をするのが保険の原則であり、筋だ。
高齢者の医療が1割負担なのは「やりすぎ」である。高額療養費制度を使えば、数百万円の医療がほとんどタダのような金額で受けられる。やりすぎだって。
高齢者の窓口負担は最低でも3割、保険の原則に則れば4割、5割と設定するのが当然の議論である。
(ちなみに「医療窓口負担が5割なんて無理だろ」という現実的な主張も理解できなくはないので、個人的には保険ではなく税負担化した上で「最低保証年金制度」が筋だと思っているが、紙面と体力が続かないので別で解説することにする)
それだけ負担を増やしたところで、彼らの健康状態が悪化しないことは、ランドやオレゴンの実験、そして重岡教授の研究が明確に示している。
悪化したら、それは単なる「本来の寿命」を迎えただけなのだ。
6. 次回予告:削るべき医療のリスト
医療を安価に提供し続ければ、需要は無限に膨らむ。その結果、日本の医療現場は高齢者が元を取ろうと食べまくる「バイキング」と化してしまった。
本来、保険とは「壊滅的な損害」に備えるためのものであり、個人の小遣いで解決できる湿布や風邪薬にまで現役世代の労働価値を注ぎ込むのは、制度のバグでしかないし、なんら生産性がない。
次回は、具体的にどのような医療を優先的に保険適用から外すべきか。「削るべき医療のリスト」を公開する。
専門用語で「無価値医療(No-value care)」「低価値医療(Low-value care)」と呼ばれる、医学的に無価値でありながら我々の財布を直撃し続けている諸悪の根源を特定していこう。
キーワードは「低価値医療」「予防医療の欺瞞」だ。
余裕があれば執筆する。お楽しみに。★






