前回の記事で、私は「日本の構造的問題のほぼすべては、高齢者優遇という構造に帰結する」と結論づけた。

 

これを聞いて、「そんな極端な話があるか」と反発したくなった人もいるだろう。しかし、感情を一旦横に置いて、僕たちが生きているこの社会の「設計図」をじっくり眺めてほしい。

 

僕たちが向き合うべきは、誰かの善意や悪意ではなく、冷徹な「数字」と「構造」である。日本というシステムは、今や「社会保障」という名の美名の下で、現役世代の未来を物理的に食いつぶす装置へと変貌している。

 

なぜ現役世代の手取りは一向に増えないのか。なぜこの国には閉塞感が漂い、未来に希望が持てないのか。
その正体は、所得税や住民税といった目に見える税金ではない。その背後で、僕たちの労働価値を音もなく吸い上げ続ける「社会保障」というブラックボックスの構造的欠陥にある。このシステムの「バグ」を理解することこそが、日本の現状を変えるための第一歩だ。

 

本稿では、給与明細の嘘から、数千万円単位の世代間格差、そして「保険」という言葉の裏に隠された欺瞞を、一つずつ解剖していきたい。

 

...なお、ここから先の文章を読んだら 色々暗黒の感情が渦巻くこと請け合いだ。

レジの会計でモタモタしている老人に怒りをぶつけたくなる心理を堪えられるなら、ここから先の文章を読もう。

1. 給与明細の嘘と「30%のピンハネ」

真面目に自分の給与明細を見たことがあるだろうか。そこに記載されている「社会保険料」の項目を見て、せいぜい額面の15%程度だと安心していないだろうか。

 

それは大きな間違いである。

 

実際には、社会保険料は「労使折半」という仕組みにより、会社もあなたと同額を支払っている。つまり、あなたの給料からは合計で約30%もの金額が、手元に届く前に国によってピンハネされているのだ。

これは給与が30万円の労働者は、毎月9万円を老人福祉の維持代として強制的にピンハネされていることを意味する。

 

これだけの金額があれば、毎月国内でリッチな旅行に行ける。

こどもの習い事や家計の足しにも十分すぎる金額だろう。

 

それを給与明細に記載せず誤魔化しているのは、労働者が暴動を起こさないようにするためのトリックにしか見えない。

「会社が半分払ってくれるなら負担が少なくて済む」と考えるのは早計だ。...というか、社会保障の仕組みをわかっていない人間を騙すための詭弁だ。

2024年の年金部会に参加した若者代表のたかまつなな氏は「社会保険料は会社が半分負担しているから、お得な制度」と断言した。

 

このレベルの理解度の人間を厚労省の年金部会に呼んだことも驚きだが、それ以上に彼女が高齢者優遇の案(現役世代の厚生年金負担額UP)に賛成したことは驚嘆に値する。

 

会社が「あなたを雇うために出すコスト」は、その会社負担分も含めた総額である。もしこの過剰な社会保険料がなければ、その分は本来、労働者が受け取れるはずの利益だったのだ。あなたが必死に働いて叩き出した利益を、国が「会社負担」という名目で、あなたの目に見えないところで奪い取っている。

これが、現役世代の手取りを劇的に押し下げている主犯の正体だ。

2. 恵まれた世代に、恵まれない世代が仕送りする不条理

現在の日本の社会保障、特に厚生年金は、自分が払った分を積み立てる「貯金」ではない。現役世代が今払っている金を、そのまま今の高齢者に渡す「賦課(ふか)方式」である。

これは、支払った社会保険料がどこかに積み立てられるのではなく、老人によって即座に消費されることを意味する。

 

ここで、仕送りをする側と受け取る側の背景を比較してみたい。

 

現在の高齢層の多くは、戦後80年が経過した今、戦争そのものをほとんど経験していない。戦争に従事していたとしても、当時は「こども・乳幼児」だった世代だ。彼らがその後に経験したのは、右肩上がりの高度経済成長と、空前絶後のバブル経済である。日本の「ボーナス期」を謳歌し、金融資産の大部分を握りしめている世代だ。

 

対して、今の30代以下の現役世代は、生まれた時から「失われた30年」の真っ只中だ。

...というか、社会にで始めた時点で20歳前後になった瞬間「失われた30年」を喰らったのは、今の50~55歳くらいなので、50代以下全員の話とみるべきだ。

経済的な成長を知らず、人口負担が重い「オーナス期」に生まれた我々が、なぜか自分たちより遥かに資産を持つ世代のために、あらゆるリソースを差し出している。

事実、世代別の「受益と負担」のバランスは驚くほどいびつだ。 現在の高齢層は平均して生涯で数千万円の「得」をする一方で、今の若者層は平均して生涯で数千万円の「損」をすることが各種統計で明らかになっている。

それにもかかわらず、高齢層は「自分たちは弱者である」というポーズを崩さず、下の世代からリソースを奪い取り、最後は「死に逃げ」して責任を放棄する。この構造は、論理的にも倫理的にも破綻している。

 

さらに、医療についても同様だ。「後期高齢者医療制度」を支えるため、労働者が協会けんぽなどに積み立てた保険料から、毎年6.3兆円単位の資金が自動的に高齢者医療へと流し込まれている。労働者のための健保が、実態としては高齢者のための「財布」と化しているのだ。これのどこが「保険」なのだろうか。

「あなたは絶対に数千万円損します。一方で、絶対に数千万円得する人もいます。これは保険です!安心を買ってるんです!!!!」

....と言われて、この金融商品を購入する人がいるだろうか?

 

我々はこのゴミのような金融商品を強制的に買わされているのである。

3. 「保険」という言葉の裏にある構造的欠陥

そもそも、厚生年金保険、健康保険、介護保険……これらに「保険」という名がついていること自体が最大の欺瞞である。

 

本来、保険とは「予測不可能なリスク」に備え、加入者が公平に負担し合う仕組み(保険の原則)であるはずだ。しかし、今の社会保障は以下の点で保険の原則を逸脱している。

  • 給付の確定性: 誰しもが必ず老いることを考えれば、年金や介護は「リスク(偶然の事故)」ではなく「確実な未来」に対する給付である。これは保険ではなく「強制的な所得移転」だ。

  • 収支の不均衡: 保険料と給付が見合っておらず、不足分を税金や将来世代の借金で補填している。これは保険数理上の「破綻」を意味する。

実態は保険ではなく、現役世代に対する「事実上の人頭税」であり、高齢層への「富の移転」装置に過ぎない。この構造的欠陥を「保険」という言葉で煙に巻いているのが、現在の日本の誠実さを欠いた姿である。

 

社会保障について文句をつけると「海外(たいていの場合は北欧などの福祉国家)はもっと福祉に予算をつけている!」という反論が飛んでくる。

しかしながら、これも欺瞞だ。

 

これらの国々は、付加価値税(日本で言うところの消費税)で全世代が薄く負担しているから高福祉を実現している。一方の日本は「社会保険料として、一方的に下の世代から収奪して福祉を維持している」という構造的な違いが存在する。

どこかで記事を書こうと思うが、私は消費税増税(と同時に社会保険料下げろ)派だ。「消費税減税!」と言っている人は、今一度冷静に考えるべきだ。

そして、社会保障があまりにも複雑なので、「保険」というワードで誤魔化すのは現役世代を騙すには十分なトリックと見るべきだ。

現実老人福祉の欺瞞に気づいている人がどれくらいいるのだろうか、いたとしても老人福祉は日本を傾かせるレベルの国家的詐欺だと認識している人はほとんどいないだろう。

 

「老人は弱者」という圧倒的道徳的優位性の前に 多くの下の世代は敗北しているが、その欺瞞を指摘できる程度に理論武装しないと、我々は一方的に収奪されるだけなのである。

4. 「140兆円」という絶望の数字

日本の社会保障給付費は、年間約140兆円に達している。この巨額の資金は、主に現役世代が納める「税金」と、先ほど述べた「30%の社会保険料」の合算で賄われている。

この数字がいかに異常か、他の数字と比較すれば一目瞭然だ。

  • 社会保障給付費:約140兆円

  • 日本の一般会計歳出(国家予算):約110兆円前後

  • 日本の税収:約80兆円

国全体の税収が80兆円しかない中で、社会保障だけで140兆円も消費している。国家予算そのものよりも社会保障費の方が大きいという、まさに「絶望」の数字だ。足りない分は、すべて将来世代への借金(国債)と、現役世代へのさらなる搾取で補填されている。

 

ちなみに、Twitter A.K.A. 社会でまともに相手されず日がな一日SNSで時間を消費している人間でもワンチャン注目を浴びることができる福祉コミュニティでは

「国会議員の歳費を削ればいいだろ!」
「万博の予算はムダだ!!」

と発狂している人間を頻繁に観測することができる。

 

しかし、真面目に数字を並べると

  • 社会保障給付金 : 140兆円
  • 大阪関西万博 : 0.2兆円
  • 国会議員の歳費 : せいぜい0.001兆円のオーダー

である。

 

社会保障給付金は140兆円であるという数字は、今後我々の身を守るために覚えておくべき基本的な数字になるだろう。

 

30%の保険料(ってか、保険じゃねーし)を払い、さらに税金も払わされる。結局我々は、稼いだ金の半分近くを、自分たちの未来ではなく、高齢者の「過去の清算」のために差し出し、絶望的な未来へと歩まされているのだ。

結論:一切の効果がないものから順に削減せよ

以上の事実から導き出される結論は、もはや一つしかない。日本の構造的問題のセンターピンは、やはり「高齢者優遇」にある。

 

私は福祉をなくせとは言っていない。無駄を全部無くせと言っている。

現役世代にこれほどのダメージを与えている以上、社会保障の中でも特に「効果の薄い、または一切の効果がないもの」から順に、躊躇なく削減していくべきだ。

 

昨今、一部では「国家予算をさらに増やせ」といった積極財政を唱える声も大きい。しかし、この歪んだ人口構造……つまり、支えられる側が多く、支える側が少ない状態で予算を拡大すれば、その資金が「無駄な部分(高齢者利権)」に流れて肥大化するのは火を見るより明らかだ。

 

前回記事でも紹介したが、日本は財政を拡大し、拡大した分を丸ごと老人福祉(と借金の返済)にぶっ込んでいる事実を思い出そう

。日本政府に金を使わせても、どうせロクなことに使わないのはわかりきっている。

壊れた蛇口から水を流し続けるような施策に、もはや未来はない。我々が求めているのはバラマキではなく、この異常な「仕送り構造」の解体と、現役世代へのリソースの還流である。

 

これは次回予告だが、(余裕があれば)社会保障の何を削るべきか議論する。

信頼できる学術論文を用いて、高齢者医療のどこを削れば良いのか真剣に考える。

 

キーワードは「医療保険実験」「無価値医療・低価値医療」「予防医療」だ。

お楽しみに☆