ブログタイトルにもありますが、
どちらかと聞かれると私は待たせる人です。
いつ、意識が無くなるか
戻らなくなるか
分からないから、待たせる人。
待つ人は色々いるでしょう。
家族であったり、恋人であったり、
友人であったり。
まあ、今は恋人いないんですけどね
どんな気持ちで待たせるんだろう、と
症状が酷くなって
弱気になると考えてしまいます。
私は一度、大きな発作で
意思疎通ができない意識障害を起こしました。
だから、殆ど記憶がなくて。
苦しいとか、辛いとか
痛いとか、怖いとか
何も感じなかった。
でも、唯一覚えている事があります。
私を呼ぶ聞いた事のない
母の泣きそうな声。
私にとってはすごくトラウマで。
きっと母にとっては
もう二度と経験したくない事でしょう。
私の意識がしっかりと回復するまで
話せるようになるまで
歩けるようになるまで
想像することしかできませんが、
すごく辛かったろうなと。
怖かったろうなと。
母の声を思い出す度に
病気になってごめんね、と
心の中で許しを請います。
口に出すと悲しそうな顔をするから。
待たせるのも辛いけど
待つのもすごく辛いんだろうな。
私が待つ側の人間だったら
怖くて仕方なくて
逃げ出したいと何度も願う事でしょう。
もしも、明日
愛する人や
大切な人が意識をなくしたとしたら。
皆さんは無条件に
待つことができますか?
