やっぱり1年近く同じ仕事場でやっていると
容量もよくなるし、色々任されるし
前よりも睡眠時間へって体力的にはきついけど
ここ1か月くらいで仕事が楽しくなってきました。。

ディスプレイ業界とか、テレビ業界とか、PR広告業界とか
一時なものが多くて
インテリアを勉強してたぶん
かなりちゃっちく見えてました。

でも、
デザインの可能性というか
世の中に綺麗なものを増やす可能性というか
この業界でもそういうものは自分次第だと思えるようになりました。


実は最近きっかけがあって・・・それは反抗。。

商業的なデザインが好きな先輩のもと
1年近くやっていて、
最初はやっぱりそういうデザインが日本社会ではいいんだと思って
真似したりしてました。


けど最近、
建築とかインテリア方面よりの
本当に自分が格好いいと思うもの案をだすようになったのです。
最初は反対されましたよ。。
「夢プランをだすな」と。

でも
デザイナーさんも私の案に賛成してくれて
思った通りの肉付けしてくれて
こだわりたいときの徹夜にも付き合ってくれて・・・。

職人さんたちもコスト面の相談にのってくれるし・・・

なによりクライアントも気にいってくれる。





なにこの変化、みたいな。






なんか、長く住んでたら近所に都ができてた、みたいな感じで。。






今でも転職は考えるけれど
やりたいことや、もっと勉強したいことが
以前よりはっきりしてきたと思います。







色々きつかったし、今でもきついけど
一生懸命してたら
なんかついてくるって学べました。







それだけでも儲けもんかな。
インフルエンザかかっちゃいました。
職場には誰も感染者がいなかったので
多分公共の場での感染。

朝起きたら
滝のように鼻水がでたのでマスクをして出社。
午後3時くらいから吐き気と寒気と頭痛が。
その間も鼻水が滝のようにでるので
水分をとりまくっていました。

午後6時ごろ
本格的に体調がやばくなってきました。

午後7時半
はきそうになったので退社。


午後8時
帰宅して熱を測ったら39.0度




実は以前同じような状況で
1時間に1度ずつ熱があがり41度までいったことがありました。
しかし、そのときの私はとても浅はかな愚か者で
どうにでもなれと病院にいきませんでした。
結果3日後には治ったのですが
ラッキーだったと思います。
本当は治癒するためにベストを尽くすべきだったと思います。
心配をかけた周囲の人ごめんなさい。




ということもあり
金曜の午前中にすぐに病院へいき検査をうけました。
するとやはりインフルエンザと言われました。
点滴、吸引機、飲み薬、の3つの治療法から1つを選んでくださいと言われ
喘息の薬で慣れているので吸引機を選びました。
どれも値段はあまり変わらないそうで
飲み薬(5日間)以外は1度で終わるということでした。




結果
土曜日の午後には熱がかなり下がり
ご飯も食べられるようになりました。
まだ感染力はあるので外にはいけませんが
初期の対処は大切だと本当に思い知らされました。
それから
検査をうけたことで
普段休むことに抵抗がある職場でも
インフルエンザならしょうがない、と
どうどうとお休みを貰うことができました。



高熱で病院へいくのは確かにかなりしんどかったですが
いってほんとよかった・・・。
休み中家の中で色々できるし。



かなり流行っているそうなので
みなさんも気をつけてください。



いきなりきますからね。
「合理的は社会にとって有益?」
という疑問がふと頭の中に浮かびました。
なんて暗い暇な日曜日の朝でしょう。
そして結局答えはわかりません。



合理的ということは
短時間で物事をすませるということだと思います。
そうすると
ひとつの物事にあまり時間を費やさなくなります。

でも
大切なものにはやっぱり時間をかけるべきです。
それが大切にしているということだと思います。
重要なことを導き出すためには
じっくり時間をかけて物事を考えること自体も大切だと思います。

合理的な人は
物事を短時間ですませて
多くの物事をこなすことが
人生で1番大切なんだろうな。


私にはこれを続けていくのが苦です。

【理由】
①物を考えるのに時間がかかる性格
②ひとつのことに時間をかけることが大切だという教育環境でそだった。
③合理的=余裕がないというマイナスのイメージがぬぐえない。



・・・・・・・・・・・・・・・と
ここまで考えてふと思ったことがあります。
そもそも短時間でものごとを済ますことを合理的というのか??
おっとっと。調べてみよう。

[形動]
1 道理や論理にかなっているさま。「―な自然界の法則」
2 むだなく能率的であるさま。「―な処置」


なるほど・・・
ということは
私は上記で偉そうに語った「合理的」というのは
辞書上の「合理的」の意味ではなくて
「先進国のビジネスマン」
の話だったのか~。
いやぁ勘違い。


なるほどね。
結局この日記は
合理的にはいきたいけれど
ビジネスウーマンにはなりきれない
若干日本社会不適合な私の悲しい稚拙な考察でした。
一生懸命愛情表現しているのに
通じていないことが多い。


冷たいとか冷めてるといわれる。



なぜ・・・・



今も1人の人を心から大切に想っているのに
絶対伝わっていない。




PRの仕事してても
結局彼の気持ちさえもわからない
ただの人ですよ。。
悲しいかな。
あまりにも余裕がなさすぎる気がする・・・
リサーチの時間などのインポートの時間を与えられない空っぽの状態からは
おそらくなにも生まれてこない・・・
それでもやっていかなくてはならない業界というのなら
離職率をあげてデザイナーをバンバン雇って
からっぽにしてぽいっとすてていけばいいと思います。


営業が上手に管理をすればいいというのなら
優秀な人を雇えばいい。
新卒をとるには早すぎる。


その上、新部署を作って
デザイナーにまた負担をかけるなんて大丈夫なのかな?
もはやデザインを求められていないデザイナーさんたち。


ぐちゃぐちゃですやん。。
うちの部のデザイナーさんがきれました。


1月から体制がかわり
各部署にデザイナーが1名ずつ配属になりました。
それからというものうちの部のデザイナーさんは
24/7休んでいません・・・
リアルに休んでいないんです。
(2日に1度は徹夜状態)


今日
私しかいないときに
彼女がとうとう切れました。



ごもっともです。




そして私もへこみました。
クライアントや営業部上司からのむちゃぶりから
彼女を守れない私の無能力っぷり。
知識があり、すぐに体制を判断できたら
彼女を切れさることはなかったかもしれない。
ただ、私だけにきれてもダメなんです・・・
この体制にくるしんでいる他のデザイナーさんと
現状の問題点を上手に報告しない限り
上層部は動かないでしょう・・・。
それはやっぱり
私がやるのはお門違いだと思うんです。。

心が痛い・・・ごめんなさい。
実は今日までそんなに追い詰められていると気づかなかったんです。
来週部会を必ずできるように報告します。
10年前、高校生1年生の時、
学校を休んで10日間ばかしミャンマーへ行きました。
いわゆる海外ボランティア活動の一環です。

色んな事や色んな人と関わることで
自分というものがなんなのか解き明かそうと
とにかくがむしゃらな日々でした。
(格好よくまとめましたが要するに自分の存在価値がわからずもがいてました。)

それから10年がたち東京で勤め始めました。
しかし、大学の卒論でリサーチしたNPO活動や
教授が参加しているNPOのニュースが気になって仕方がない。
アメリカでNPO活動の大切さを学んだのに
行動を起こすきっかけが見つからず
もんもんと毎日を過ごしていました。

そして今年のお正月・・・
母親から毎年そのボランティア団体の役員の方が
年賀状を送ってくれているということを聞き
メールをすぐに送りました。
葉書へのお礼と
東京へつとめはじめたという報告。
するとすぐに返信がきました。
「是非お食事でもしながら活動のお話をしましょう。○○さんは最近ご自分でNPO法人を立ち上げたそうですよ。」


人生の点と点は繋がっていると改めて思いました。
私たちは毎日大切な点を作っていて
それが時間がたってから繋がっていることに
気がつくんだなと思いました。
まだどんな形で活動に参加するのかはわかりません。
でも、10年前の思い切った行動が点となり
今の「活動をしたい」という点と繋がって
一つの線を作り上げました。

行動がなければ点も作れず線も引けない。
リスクがあるからと行動をしなければ限られた場所にしか点を打てない。
行動に意味が必要ならば次の点が見つかったときに足せばいい。
と、思いました。

この線は必ず繋げます。
日本の会社は変だ。


・就業時間15時間以上
・土日→ときどき休み
・社内行事の強制参加(自由参加と言いつつ参加しないと絶対に「あいつは仕事ができない」と陰口を言われ時には給与にひびく)
・パワーハラスメントが当たり前(上記の件や、休みの日の上司からの呼び出しにも付き合う)
・一緒に苦労をするのを喜ぶ(時間の使い方が非合理的)
・気を使いすぎる(そんなに気を使うのも使われるのも疲れる)



最近、マヒしてきてるけど
おかしいよなぁ絶対。
お金欲しさにそもそも人生の意味を失っている気がする。
今、アメリカのドラマ「FRINGE」に大はまりしてます。
SFドラマで冷静にみればつっこみどころは満載ですが
迫力があり、かなりオススメです。





シーズン2でこんなシーンがあります。


あるMITの教授が婚約者を車の追突事故で亡くし
タイムトラベルをして婚約者に会いに行くという話のワンシーン。

狂ったように数式を説き続けて
タイムトラベルには成功するものの
戻れたのは婚約者の車が追突される直前の時間。
走って走って停車中の婚約者の車に飛び乗り
彼女の手を握って
「I love you」と伝え
ちょっとびっくりした婚約者が
「I love you too」と返し
車が突っ込んできて2人とも亡くなるというシーン。
逃げる時間は若干あったはずだけど
彼は逃げずに彼女と死んでしまうんですよ。

しかもその会話の部分は実際は無音。
口の動きだけで2人が「I love you」と言っているのがわかる。

すべてを知っている彼と何も知らない彼女。
多分2人とも幸せだったろうなぁ。



よくある展開かもしれないけど
これくらいむき出しの気持ちを持って
人を愛せるのは幸せだと私は思います。
すべてをかけて人を愛するには
現実はかなりリスキーなので
かなり羨ましいと思ってしまいました。