2016年の中国映画「苦い銭」(苦銭)を見た。

中国各地の貧しい農村から浙江省潮州へと出稼ぎに出た人々の姿を追ったドキュメンタリー映画だ。

浙江省潮州は上海から150kmほど離れた縫製の町だ。子ども服の製造では中国一の生産量を誇っているらしい。縫製の仕事は近年では儲からない仕事らしく、日本国内の仕事はどんどん減って、外国の下請けに出しているところがほとんどらしい。国内で製造を続けているところも、外国人の企業研修生を雇って、人件費を極端に抑えているという。また、中小企業が多いのもこの業界の特徴だそうだ。その状況は中国でも同じらしく、映画に出てくる潮州の縫製会社も中小企業だ。また、潮州や上海出身の人を雇えるような賃金は出せず、地方、特に内陸部からの出稼ぎ労働者に頼っている。カメラは雲南省や安徽省出身の出稼ぎ労働者たちの姿を捉えていくが、彼らの姿もさまざまだ。仕事がきつく長時間労働だと言って、すぐに音を上げて帰っていく者。我慢しながら適応していく者。酒に溺れる者。DVを受けながらも別れられない妻。

映画は3時間弱の長さなのだが、その長さを全く感じさせない。3時間のドキュメンタリー映画ということで、ある程度覚悟していたが、そういう覚悟はまったく必要なかった。一人の人にスポットを当てて、ストーリー性のあるドキュメンタリーを作るという手法は使っていないのだが、それでもドラマ性の高い強烈なドキュメンタリーに仕上がっている。カメラの前で、つぎつぎと本音が飛び出し、夫が妻に暴力を振るうシーンも(おそらく)演出なしでカメラに捉えられている。カメラを感じさせずに対象に入り込む何かを監督が持っているのかもしれない。

この映画を見て、私は1984年に自分が体験した中国一人旅のことを思い出していた。中国は好きでその後も何度も訪れている人間の書くこととして許してほしいのだが、中国国内を自分の足で移動したりするときにいつも感じることだが、私は中国では生きていけない、中国人には勝てない、という感情にしばしばとらわれる。それだけ、中国で生きていくということ、暮らしていくということは大変だと思う。鉄道やバスの切符1枚を取るにしろ、電車やバスに乗り込むにしろ、何かの入場券を買う時でも、市場で品物ひとつ買うだけでも、中国では競争だ。おとなしく待っていては、決して自分の順番が回ってくることはない。それだけ人が多く、生存競争が激しい中国ならではの人間性だと思う。この映画に出てくる人物すべてが、その生存競争の真っ只中を生きている。しかし、彼らすべてが不幸なわけではない。私が、中国では生きていけないと感じながらも、こりずに何度も何度も中国を訪れるように、彼らもこの激しい人生を生きながらも、喜びも楽しみも感じているのだ。

中国そのものが映し出されているすごい作品だ。

 

2016年 香港・フランス合作 「苦銭」 監督 王兵(ワンビン)