「3・11午後2時46分」日本が一つになった…東日本大震災から1年 | EVERYDAY、AKBNEWS

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東日本大震災から1年の11日、プロ野球オープン戦など、各地のスポーツイベントでは黙とうや喪章で犠牲者を追悼した。巨人・原監督は「国民として一日一日歩む必要がある」と決意を新たにし、横浜DeNA・中畑監督は、勝利へ執念の采配を見せた。西武・中村は「ここで打ちたい」と震災発生時刻の午後2時46分直後に一発。仙台市出身のDバックス・斎藤は、被災地への思いを口にした。サッカーJリーグ、大相撲春場所、女子プロゴルフでも黙とうをささげ、阪神競馬場では募金活動、芸能界ではAKB48がチャリティーイベントを行った。復興元年。我々にできることは何か。日本中が気持ちを一つにした「3・11」となった。

 あの日を忘れない―。「3・11」は、祈りのための一日となった。

 東北地方の自治体で最大の犠牲者3182人を出した宮城県石巻市。全校児童108人のうち74人、教職員13人のうち10人が死亡・行方不明となった大川小学校には遺族らが集まった。6年生の長女と3年生の長男を亡くした母親(44)は、2人の遺体発見場所にそれぞれ花を供えた。「1年は節目だけど、悲しみが癒えるには短すぎる」

 骨組みだけが残った同県南三陸町の防災対策庁舎では約300人がサイレンに合わせて一斉に合掌。夫を庁舎で失った女性(52)は「なぜ亡くなったのか、悔しい思いが消えない」と言葉を絞り出した。

 津波で街が壊滅した岩手県陸前高田市の追悼式では、景勝地・高田松原の松で作ったバイオリンの音色が遺族の悲しみに寄り添った。兄とおいを亡くした佐々木正男さん(64)は「これからも毎年3月11日は来る。つらいけど、忘れないように子どもたちに伝えていきたい」と話す。唯一残った「奇跡の一本松」に集まった人たちは、地震発生時刻に海上の船から汽笛が鳴り響くと、黙とうをささげた。

 1605人が犠牲となり、福島第1原発の事故が発生した福島県。原発が建つ大熊町では、避難住民らが白い防護服姿で一時立ち入り、手を合わせた。夫と長男の妻を亡くし、孫の汐凪ちゃん(8)が不明の木村巴さん(73)は「捜してやることもできず、悔しい」と肩を震わせた。

 福島市で開催された追悼式には女優の小雪(35)が出席し、地元の高校生が「故郷」「希望」の題でつくった追悼の詩を朗読。いわき市の豊間海岸では脚本家・倉本聰さん(77)率いる劇団が約1万本のろうそくを防波堤の上に立て、犠牲者の魂が戻るよう願いを込めた。

 警察庁によると、10日現在で震災による死者数は1万5854人、行方不明者は3155人。宮城県警はこの日から3日間、500人態勢での集中捜索を始めたが、新たな犠牲者は発見できなかった。東北3県の避難所はすべて解消されたが、依然として約34万4000人が避難生活を余儀なくされている。

 復興への道のりは、まだ遠い。それでも、日本人全員で力を合わせ、少しずつ前へと進んでいく。

 ◆車内で冥福祈り 東急、小田急、京王、相鉄など首都圏私鉄各社は11日、地震発生時刻の午後2時46分に大地震の訓練として走行中の電車を一斉に止めた。

 東急東横線では、停止に合わせて車内放送で黙とうを呼び掛け、乗客が目を閉じ、犠牲者の冥福を祈った。放送を聞いて音楽プレーヤーのイヤホンを外したり、携帯ゲーム機をかばんにしまう若者の姿も。川崎市の主婦・高橋みどりさん(69)は「震災を忘れずに被災地への支援を続けていきたい」と話していた。JR東日本は、東海道線平塚駅で避難誘導の訓練を行った。

 ◆関東沿岸部でも 岩手、宮城、福島の東北3県だけでなく、津波の猛威が達した関東地方沿岸部でも追悼式が行われた。

 15人が死亡、行方不明となった千葉県旭市では、夫の宮内晴美さん(当時66歳)を亡くした妻・三代子さん(61)が遺族代表としてあいさつ。「悲しみは一生消えないが、あなたの人生を抱えながら生きていきます」。5人が死亡した北茨城市の村山辰男さん(59)は、兄・正一さん(当時62歳)が最後に目撃された大津漁港で花と線香を手向けた。「兄やん、体の一部だけでもいい。見つかってくれ」。辰男さんは、穏やかな海を見つめて「この海のどこかにいるんだ」と涙を浮かべた。