8日夜
先に寝た妻も安らかに寝てる様だった。
布団に入り眠りに入ろうとしてたその時、
隣に寝てる妻から音が聞こえきた様な・・・
深い眠りに入ろうとしてた私は夢の中の様に思えてた。
突然、動きが大きくなっと思ったら
だめ、ああ、だめ、・・と妻が言ってる?
寝言にしては可笑しい?
リビングの椅子に座ってる妻に
どうした? と聞くと
私の側に来て、
苦しい、息が出来ない、と言いながら
背中を押して、と頼んでくる。
眠い目をこすり背中を押して見るが
ああ、だめ。苦しい・・・
これはただ事では無い。
時間を見ると AM1時30分
一気に目の醒めた私は、慌てて救急車を呼んでいた。
電話の向こうでは
火事ですか?救急ですか? と聞いてくる
救急車をお願いします。
あとはもう気が動転してて何を言ってるのかわからない。
暫くして 救急隊から折り返しの確認電話がかかって来るが
妻の様子が心配で、受け答えがおかしな私がいた。
それこそ救急を要するので玄関先で救急車が来るのを待ち受けに入る。
救急車は直ぐに来たけど、なんて長く感じんのだろう。
時間にして5分もかからないで救急車は来てくれた。
救急車のベッドに横たわった妻の尋常で無い様子に
テキパキと酸素マスクなどの装置を取付て行く救急隊員。
救急隊員の放った言葉に
心臓が止まりそうになってしまった。
血圧 240です。
えっ、 240 血圧ってそんなにあがるのか?
もう、何が何だか分からなくなる。
しっかりしなければ、、、。
救急隊員に受け答えしながら、
助けてください。と、祈ってた。
酸素マスクのおかげか、妻は少し楽になった様に見れた。
後で 呼吸困難の原因を知ることになる。
妻の受け入れ先の病院が決まるまでが
どんなに長く感じたか。
受け入れ先が決まらずに亡くなってしまう人が
居るとは聞いた事があり気が気ではない。
私が
出来れば 板橋中央総合病院にお願いします。
と、言うと、
行った事がありますか?と、聞かれたので
“はい” と答えると
板橋中央総合病院に電話をかけ始めて 決まりました。
決まった! 思わず叫んでしまった。
ても、この時点でも まだ、事の重大さが
半信半疑で 連れて帰れると甘く考えてた。
帰りの事を考えて 救急隊員に
車で後から付いて行っても良いですか?
と、聞いてる私が居た。
素早く車に乗り換えて救急車を追走するが
赤信号を突き抜ける救急車はどんどん離れて行く。
板橋中央総合病院の救急外来に到着した時は
妻はすでに処置室に入ってた。
受付の人に 今、処置をしてるので外で待つ様にと指示を受けひとりは椅子で待つ事になる。
夜の総合病院の外来は、ひっきりなしに患者が入ってくる。
いつまでたっても呼ばれない?
何で? 悪い予感がする。
余りの待ち時間に 受付の人に
どうなってるのでしょうか?と問うと
処置室に入って行き、もう少し待ってください。と、言って戻ってきた。
私が処置室に入ったのは、病院に着いて1時間半以上過ぎてからだった。
ベッドの妻はすでに色々な管がまとわりついてた。
夜間担当のドクターに 報告を受ける。
これから1~2週間の治療入院になると聞かされました。
病状は うっ血性心不全
原因は 240の高血圧で
心臓が耐えきれなくなって
心不全を起こして
肺水腫での呼吸困難を起こしてました。
ドクターに良く心臓と血管が持ったものだ。!
心筋梗塞、脳梗塞を起こさなくて
本当に良かった! と言われて
改めて背筋が寒なりました。
降圧剤を投与されたのに 妻の血圧は
170以下になりません。
今まで 血圧が高いとは聞いてはいたが
それに伴う病状が出てなかったので
病院にも行ってなかったツケが一気に出てしまいました。
完全看護の CCUに 入院です。
看護師さんに 峠は越え他ので大丈夫です。と、言われ
病状とこれからの治療方針と聞き、
すっかり落ち着きを取り戻した妻を残し
家に着いたのは 5:00AMを過ぎてました。
明日は(今日)は忙しいから 少し寝なければと
布団に入っても結局一睡も出来ませんでした。
CCUは家族でも15時から19時までしか面会が出来ません。
入院の準備で忙しく動き回り、
15時に息子と待ち合わせして
CCUに入ります。
相変わらず、血圧170の妻が迎えてくれましたが
随分と落ち着いてました。
今の時点ではまだ、どの位入院するかも未定です。
今、1人でリビングに居ます。
ひとりはいやだ。
こんな状態なので コメ返しが遅れることをご了承ください。
でわでわ

