メル友高校生
映画「交渉人 THE MOVIE タイムリミット 高度10000mの頭脳戦」の完成披露試写会が行われ、主演の米倉涼子、陣内孝則、筧利夫らが出席し た。08年1月に連続ドラマとしてスタートした人気作品の映画化で、米倉は「思いのたくさん詰まった映画。自信あります」と真剣にPR。しかし陣内が「俳 優生命をかけた作品なのでワクワクしている」と大げさにコメントすると、筧も負けじと「これがコケたら後はない。もう2度と皆さんの前に顔を出すことはな いでしょう」。さらに、「いつ米倉涼子にキスしてやろうかと、そんなことばかり考えていた。もし続編があれば必ずキスします!」と暴走して周囲を失笑させ ていた。

人気ドラマを映画化した『交渉人 THE MOVIE タイムリミット 高度10,000mの頭脳戦』の完成披露試写会が11日に都内で行われ、主演の米倉涼子、筧利夫、高知東生、城田優、林丹丹、陣内孝則、松田秀知監督が舞台あいさつを行った。

  映画は、警視庁特殊犯捜査係に所属する警部補・宇佐木玲子(米倉)が、高度1万メートルの上空で航空機をハイジャックした犯人を相手に頭脳戦を展開するサスペンス・アクション。

こ の日、米倉は緊張の面持ちで「みなさんの支持で映画化が実現しました」とあいさつ。筧はハイテンションで「血と汗と涙を流してやってきたものが、素晴らし い魂となって帰ってまいりました。これで私も親戚、友人にご恩返しができます。本当にありがとうございました!」と感謝の土下座を披露し、会場は大爆笑 に。負けじと陣内も「(米倉は)レギュラーメンバーには冷たかったよね。まぁ、レギュラー陣は暑苦しいメンバーばっかだからな。筧は“小芝居”で芝居を 持っていこうとするし」とボヤき、客席の笑いを誘った。

その後に行われた報道陣向けの囲み会見でも、筧が「不退転の決意で臨みました!  この映画がヒットしなかったらみなさんの前には顔を出しません。アメリカに行きます!」とぶちあげ、「次回作があったら米倉さんに必ずキスします!」と宣 言するなど、言いたい放題。米倉は終始大爆笑しながらも「いろんな意味で映画に注目していただければ」とPRした。
「夢への一歩を踏み出す若者のための学校」

 AKB48には、東京・秋葉原の専用劇場でほぼ毎日開かれている公演に行けば必ず会 える。この「会いに行けるアイドル」が彼女たちの人気を支えている。仕掛け人は、昭和60年代に一世を風靡(ふうび)したアイドルグループ、おニャン子ク ラブを手がけた秋元康さん。「将来は全国7大都市に劇場を建て、選抜メンバーでJAPAN48を作りたい」との夢を描いている。

  AKB48は、秋元さんの夢の結晶だ。劇場型アイドルの構想を得たのは、10年ほど前のこと。「学生時代にあこがれていた小劇団を自分も作りたい」と思い 立ち、平成17年12月、秋葉原に劇場を持った。「今は映画も音楽も売れない。でも、自分でそこに行かないと見られない生のライブだけは伸びている。それ に目を付け、未来に続くエンタメを目指した」と打ち明ける。

 グループ名は秋葉原の略称、アキバの頭文字を取った。数字の「48」には「特 に意味はない。未来に続くアイドルでありたいとの思いを乗せて、無機質な商品番号をイメージした」というが、現在のメンバーはくしくも48人。16人ずつ 「A」「K」「B」の3チームに分かれて舞台に立つ。デビュー当時は総勢20人だった。名古屋に劇場を持つ姉妹グループのSKE48や研究生なども入れる と131人(1日現在)にも膨れるが、「劇場を守るには、それでも足りません」。

 メンバーはオーディションで選ばれた10代が中心。昨年 には米ニューヨークのほかフランスのパリやカンヌでも公演を行った。「歌もダンスも一流アーティストには及ばないが、舞台に制服姿で立つ女の子たちの チャーミングさや勢いだけで観客は驚いた。目の当たりにしたときに、『なんだこれは!?』と感じさせることがビジネスの勝機につながると感じた」

  秋元さんは、こんなAKB48について「夢に向かって一歩を踏み出した若い子たちの夢をかなえる教育の場所、学校です」と話す。「夢を持っていると、頑張 ろうという気持ちが強いから、歌や踊りのレッスンを通じて礼儀を重んじ、人の心も分かるようになる。メンバーにはできるだけそれぞれの夢に近づけるよう、 全員にチャンスをあげたいと思っています」

 今年は大阪など1~2カ所は新たな劇場をオープンさせたいと秋元さんは言う。

 「理想は全国7大都市に劇場を作り、3~5年後にはそれぞれのエースを集めてJAPAN48というグループを作ることです。そのころにはパリやニューヨークなどにも同じようなグループができ、世界の48ができるかもしれませんね」

 夢がまた増えた。

J1広島は7日、元日本代表のFW久保竜彦(33)がJFLに昇格するツエーゲン金沢に完全移籍することを発表した。

   久保は「サンフレッチェ広島に復帰してから2年間、練習をするだけでもすごく勉強になりました。まだこれからもサッカーを頑張っていこうと思いますので、応援をよろしくお願いいたします」とチームを通じてコメントした。

 広島から戦力外通告を受けた久保は昨年12月、同じく磐田から戦力外通告となった中山雅史(42)らと合同トライアウトに参加。「まだ自分はやれる。呼んでくれれば、どこでも行きますよ」と現役続行に強い意欲を示していた。

 久保は筑陽学園から1995年に広島に入団。03年から横浜F・マリノスに移籍し、07年には横浜FCでプレー。08年に広島に復帰した。日本代表では32試合に出場して、11得点を記録している。

 J1サンフレッチェ広島は7日、元日本代表FWの久保竜彦がJFLのツエーゲン金沢(2010年シーズンより昇格)に完全移籍することを発表した。

 現在33歳の久保は1995年に筑陽学園(福岡)から広島に入団。2003年に横浜F・マリノスに移籍し、岡田武史監督(当時)の下でJ1連覇に貢献し た。07年は横浜FCでプレーし、08年から広島に復帰していた。J1通算276試合に出場して94得点を記録。日本代表では32試合に出場して11得点 を挙げている。

 久保は「サンフレッチェ広島に復帰してからの2年間、練習をするだけでもすごく勉強になりました。まだこれからもサッカーを頑張っていこうと思いますので、応援をよろしくお願いいたします」とリリースを通じてコメントした。