私は親不孝

父親が筆談で

何度も

何度も

私の名前を左手で書き



そして

何度も

何度も

涙していた。


一昨日の話しだそうです。

だそうです、と言うのは、

私は父親に縁を一度は切られ、介護の日々を重ねた後、

再び父親と離れて…。

あれから丁度10年、そしてこの日曜日に引越予定ショック!

母親はもう私の顔を見ても誰だかわからない。

アルツハイマーが進行している。

音楽の教師として、道楽者の伴侶(私の父親)を見限る事もなく、

職員室にやくざが借金の取り立てに来たり、

家をその為に手放さなければいけなくなったり、
私は父親の借金の影響で大好きなピアノをやめざるをえなくなり、

それが今では息子(今のところ)と会わない日々が何年も続く。

お芝居にかぶれ、形骸化した伝統と決別した息子、

父親の心情は計り知れない。

私は母親を苦しめたこの父親を好きになれないが、

申し訳なきは

今は亡き祖父。

尊敬する偉大な祖父。

旧制第一中学を出ながらも、自身の父親が脳梗塞で倒れ、医学の道を断念し、地域の為半世紀もの間、清く生きた祖父。

祖父が受けてきた、それ以前の先祖たちが受けてきた差別、

私は約10年前、これにクサビをうった。しかし私はそこで力尽きた。

私自身を慰めるのは、

その後監督の葬儀に参列出来た事。せめてもの救いだ。


私は有縁の皆様にご恩返しが出来ぬまま、この10年を過ごしてしまった。

時の過ぎゆくままに…。
この身を…。