かぐや姫は なぜ月の世界からやってきたのか
考えたことはありますか?
苦しみも 悲しみもない 月の世界にいたのに
偽り、嫉み、怒り、憎しみ・・・
いろんなことであふれた 穢れた大地に
なぜ 生まれてきたのか?
そして
一切の苦しみがないことは、幸せなのか?
ちょっと前の話ですが・・・
8月は ずっと暑かったので
家でジブリ映画を ずっと観ていました
そのとき 『 かぐや姫の物語 』 もレンタル
タイミング的に映画を観れなかったこともあり
気になっていたんです
子どもの頃から
『かぐやひめ』 は馴染みのある物語で
いろんな作者の絵本を読んだことがあるし
古典の授業では
『竹取物語』 にも触れるわけで
よく知っている物語なのに
なぜ
この時代にアニメ映画にしようと思ったのか
「姫の犯した 罪と罰。」とは 何なのか
すごーく 気になっていました
映画は 竹取物語を踏襲して展開していきますが
高畑勲監督の メッセージが込められていました
この世は生きるに値する
身分の違いや 貧富の差があり
悩み 苦しみ 悲しみ 怒りという感情を味わい
我欲にまみれて 他人を偽り搾取しようとする
そんなことが蔓延する 地球は
月の住人(天人)にとっては
穢れた場所なのかもしれない
けれど
その地上に降り立って 生を受けたのは
ここで 経験したいことがあったから
なのではないでしょうか
楽しい、嬉しいことばかりではなく
対象的な 怒り・苦しみ・悲しみも含めて
自分の人生を 精一杯生ききること
それが 全てであるのであれば
この世界で 生きていること自体が
素晴らしい
映画では、自分の意志とは裏腹に
かぐや姫が竹取の翁のために
高貴な身分の姫君を演じているシーンがあります
自分のために あれこれ尽くしてくれる
恩義を感じていたのかもしれません
こうやって 自分を抑制することは
私たちの人生でも あるのでは?
親の期待に応えようとする
周囲の「こうあってほしい」姿を演じる
常識に外れないように
人に迷惑をかけないように 自分を抑制する
根底にあるのは
周囲の人たちに対する 優しさだと思います
我を通すよりは 和を重んじて
自分が ちょっと我慢すればいいや。と
それでも
自分ではない 誰かの期待に添って生きることは
自分を生ききることになるのでしょうか?
ギリシャ神話の 冥界の神ハデスによる
死後の裁きは
生前の行動の善悪をもとに裁かれるのではなく
生まれる前に 約束したことを
人生で果たしたかどうか
が 判断基準だそうです
この世に生を受けたときに
忘れてしまった 自分との約束
立派な仕事を成し遂げるとか
お金をたくさん 稼ぐとか
高い地位につくということではなく
この生を通して叶えたい願いが
誰しもにあるのではないでしょうか?
どうしたら人生を全うできるのか
向き合っていくことが 大事
先行きが見えない 時代に生きるからこそ
問われていることではないでしょうか
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