特別な存在ではないし
ごくありふれた 存在であっとしても
自分は 素晴らしい存在だと
信じてみませんか?
自分は 素晴らしい存在だ
心の底から信じられる人は
なかなかいないのかもしれません
なにか特別なことができるわけでもない
私ができることは
もっとうまくできる人がたくさんいる
会社で働いていたときは特に
私の替わりなんて いくらでもいる
そんなふうに私も思っていました
でも、よくよく考えてみたら
特別で、なにか上手にできるから
その人が素晴らしいわけでもない
たとえ何もなくたって
自分の存在価値を
まずは
信じてみてもよいのかもしれません
ザッカーマン農場に暮らす
ブタのウィルバーは
生まれたときは できそこないでした
とても小さくて、弱くて
どうやったって
大きくなれっこないブタでした
処分されそうになったところを
女の子のファーンに救われ
タダも同然の値段で 農場に売られました
しかし
農場の動物たちの話から
ウィルバーは知ってしまいました
農場にやってきたブタが
どんな運命をたどるかを。
その運命をたどらせまいと
ウィルバーと友人となった
シャーロットは知恵をしぼります
ウィルバーは素晴らしい存在で
燻製のベーコンや
ハムにしていい存在ではないことを
皆に知ってもらうのです
出版されて70年ちかく
累計部数 980万部を越える
アメリカのファンタジーの古典
『 シャーロットのおくりもの 』
世界23カ国で翻訳され
4500万部超のロングセラー本です
推薦図書にも
よく取り上げられているので
知っているひとも
多い本なのではないでしょうか
私は
自分が小さいころは読まなかったのですが
表紙は見覚えがありました
余談ですが・・・
表紙の絵をみて
「シャーロット」は表紙の女の子の名前だと
思い込んでいたのですが
全然違ったことに驚いた
別の意味でも印象深い本です
物語の中心、ブタのウィルバーは
ブタの中でも できそこないでした
人間が飼う生き物ですから
大きくならない = 価値がない
だったんですね
ウィルバー自身は能天気なので
自分の存在価値がないなんて
たぶん 思ってもいないけれど
だからといって
自分が素晴らしい存在だとも
思っていませんでした
だから
友人のシャーロットが
「あなたは素晴らしい」と言ってくれて
ウィルバーのために尽くしてくれたことで
自分の素晴らしさを信じてみよう
と思えたのではないでしょうか
私は もともと
誰かより優れた存在でありたいし
誰かに認められたい欲求も強いので
自分が思うような
自分になれなかったとき
他者と比べて
自分なんて
全然大したことないと思ったとき
自分を無能認定して
自分の存在価値を
認められないでいませんでした
自分で
自分を認められなかったとき
家であっても 会社であっても
自分の居場所がないように感じて
息苦しさを常に感じていました
それは
自分で
自分の心の居場所を奪っていた。
ということだったのですね
今は
以前のような
自分へのダメ出しも減りましたし
こんな私だからしょうがないか。と
思えるようになりました
それは
夫や子どもたちに
私の存在を繰り返し認めてもらったことも
大きいように感じています
料理がどんなに手抜きだろうが
掃除が行き届いていなかろうが
時に 感情的になろうが
こんな私も アリなんだ
こんな私でも 認められるんだ
周りの人が認めてくれるんだから
私は 私で
自分の存在価値を認めてもいいのかな
と思えるようになった思います
自分で自分の素晴らしさを
認められないとき
気づいていないときは
周りの人から 認めてもらうことも
良いのかもしれません
他者から賞賛されなければ
自分の存在価値はない。
ということではなく
他者が認めてくれるんだったら
自分でも信じてみようよ。
ということです
同じことは 子どもにも起こるはず
子どもが 自信をなくして
自分なんて・・・と思っていたとしても
親が
子どもそのものの素晴らしさを信じ
大切な存在だと伝え続けていれば
そうなのかな?と
子ども自身も
自分の存在価値を認められるように
なるのではないでしょうか
母親自身が実践できれば
子どもにも 実践できるはず
まずは
自分のすばらしさを
自分で認めるところから
はじめてみませんか?
最後までお読みくださり
ありがとうございました










