さて、昨日の続き。
今回の旅で1番気になっていた場所
「女川」
昨年5月この地に入った時、、ここは本当に酷かった。
言葉が思い浮かばない位、全てが無残に崩れ去っていた。
街も人も、心も。
この場から今すぐ逃げ出したいほどの恐怖を感じたのをよく覚えている。
駅も姿がなくなり、電車がとんでもない場所の壁面まで押し流されている。
震災前のこの地を俺は全く訪れた事も無かった為に、より一層恐ろしさだけが先行した。
昨年は石巻からギリギリ臨時バスが出ていて、どこかの学校までの終点だった。
そこから歩いて駅周辺まで行ったものの、帰りのバスも来ない、日が暮れてあたりはホントに闇に近づいてくる、それはそれは異様な光景だった。
女川町立病院に辿り着き、そこでタクシーを呼んで帰路についたのだが、その高台にある病院までが、浸水した医療機器を運び出していた。
こんな高さまで波が来たなんて。。。。
そんなとにかくマイナスのエネルギーしか感じられない様なあの光景から1年5か月。。。
何が変わったのかをこの目で見たかった。
今回は最初からタクシーに乗り現地へ向かう。
昨年のバスは、その道すらデコボコで、道路周辺は倒壊した家々、、がれきの山。
まるで内戦中の市街地を走っているかの様だった。。
しかし、今回は違っていたな。
爪痕らしい爪痕は、石巻同様、全く分からない。
昨年みた景色がどこのどの辺りだかも皆目見当がつかない。
タクシー運転手のTさんはとても気さくな方で、石巻同様、辛い話含め色々説明してくれたよ。
そしたら、やはり全て更地になってるらしい。
家々も全て取り壊されている。
だから、地元の人間も目印を失い、曲り道を間違えたりするとの事。
それくらい景色そのものが変わっていたのだった。
元女川駅周辺到着。。
女川町立病院より撮影。
前方に見えるのは、横倒しになった建物。
昨年のままだ。
その他は全て更地。
まるで最初から空地かなんかみたいだ。
この残っている建物、運転手さんの話によると、壊せない理由があるのだと言う。
それは建築部分にアスベストが使用されている場合。
これが石巻市でも簡単に壊せないで今なお崩れそうに残っている建物がある理由の一つとの事。
病院駐車場には復興商店の様な物が立ち上がっていた。
全景。
続く。
ATSUSHI



