1日に起きた「令和6年能登半島地震」。
当日、震度5を観測した富山県南西部の我が家でも、それ以降連日のように余震、余震、余震・・・。
今日は震源を佐渡沖に移して、震度3の揺れが18時前にありました。
今回の地震は、能登半島から佐渡沖までかなり広めの地域が震源域になるそうで、これからもまだまだ気の抜けない日々が当分続きそうです。

 

能登半島の被災が激しい地域は、土地柄もあってまだ孤立している、または連絡こそなんとか取れたものの孤立気味な集落もあるそうです。
もともと、能登半島って、

日本海道路山山山山山道路日本海

な構造になっているので、被災地へ向かう道路がそのまま基幹道路1本とかだったりするんです。
その基幹道路が今回の地震でそこたらじゅう割れまくったり、土砂崩れだったりでズタズタになっているので、その道路へ至らないと生活必需品すら手に入らないちょっと山あいの集落とかは、見事孤立集落と化しています。

まず道路をなんとかしないことには、救助やら支援の手も届かないということで、今は一般のボランティアの方々は一旦ご遠慮頂いて、自衛隊やらレスキューの専門家の方々が一生懸命頑張っておられる状態です。

 

くまさん、今日から学校が始まりましたが、お友達の中には県境の氷見市に住んでいる子もいて、「一昨日あたりまで普通に断水してて避難所にいた」「箪笥がいくつも倒れて家の中がぐちゃぐちゃ」という子もいたそうです。

我が家の損害が「食器2枚割れただけ」なのは、あれだけの揺れを感じながらの中では本当に恵まれたものだと思います。

 

しかし、メンタルも身体も弱々の私にとっては、ごくわずかの揺れであっても、連日のように揺れを感じながらの生活はなかなか堪えてしまうのが正直なところです。

今日も佐渡沖が震源なのに震度3を観測したということは、それだけ連日の地殻変動に地面の状態が良くなくなっているのだろうというのは素人でもちょっと考えればわかることで、今週末に迫った大学入学共通テストが無事終わることを祈らずにはいられません。


今月末から私とくまさんは受験ツアーのためにしばらく首都圏へ滞在します。
その間、自宅と旦那とももちゃんに何もないことを心配せざるを得ない状況は、当分変わらなさそうです。