書くべきことがない。
喜ばしきことである。
そもそもこれは、貯めこんだ愚痴や悩みを文章化して解消するためのものであるからして、書くことがないというのはつまり、今日一日がいつにも比べてストレスフリーであった証拠なのである。
むしろ昨日までがストレスの塊のような仕事の連続であったために、久しぶりの「いつも通り」がとても心地よかった。
非常識は常態化すると常識に成り代わる。
誰かが行った奇抜な発想は、時を経るにつれその特異性を失い、やがて誰もがそのことを疑わなくなる。
現実では起こりえないこと、日々の中では体験できないこと、それらを繰り返し体験する誰かにとっての日常は、他人から見れば相応に非常識極まりないものである。
例えば、霊感のある人にとって幽霊は日常的なものである。
ただし、日常的であるからといって必ずしもそれが当人にとって全く気にかけることのないことなのかは話が別である。
お化けが怖い霊能力者も必ずいる。
昨日までの日々は、まさに非常識が居座り日常化した非日常だったといえよう。
体験した当人が言うのだから間違いなくそうなのである。
あの憤りも、不機嫌も、胃の痛み、寝不足、寝違えさえも、非日常の中だからこそ起こったことであり、「これからもずっとこういう仕事が続くのではなかろうか」という全く的外れな杞憂もする必要はない。
しかし、非日常は日常のそこかしこにちりばめられており、自分が望むべくもなく、常識はそっと非常識へ席を譲る。
油断大敵。
そのことと自分の日常がいかに素敵で平和なものかを分かっていれば、明日からの日々とも共生できる。
頑張る気はない。
しかし、ほどほどに。人に見せられる程度の人生を。