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パパのガンは、私が治す!

ガン闘病中の父を持つ、アラサー女子の生活を綴ったブログです。

おととい上司と話合いをして、来年2月末で今の会社を辞めることに決めました。
この仕事に就くのは簡単ではなかったけど、辞めると決めるまでの方がむずかしかった気がします。

「海外ベースの客室乗務員」

聞こえはいいかもしれないけれど、実際は大事な家族や、友達や、彼氏を日本に残して日本とヨーロッパを行ったり来たりしている宙ぶらりんな生活です。
お給料は常に為替に左右され、歴史的なユーロ安のここ何ヶ月かは、私自身も歴史的財政難でした。

3年前、父が大腸がんを煩い摘出手術をし、2年前に肺への転移が見つかり摘出し、半年前は心臓と血液循環が悪くやはり手術をしました。そろそろ落ち着いただろうと思っていた矢先、2ヶ月前に姉から電話で「脊椎のあたりに転移が見つかった」と知らされました。本人はいたって元気に見えるのですが、手術では摘出できない箇所にあるらしく、抗がん剤での治療をすすめることになったと言うのです。
なんだかとてつもなく嫌な予感がしました。

その後すぐに会社に休みをもらって日本に帰国し、「元気なうちに」と家族全員で1泊旅行をしました。
だけどそのときは本当に、ガンが父を蝕んでいるなんて信じられないくらい父は元気で、その旅行はとても楽しくて、でもその反面、これから起こりうる辛い出来事への恐怖が、静かに忍び寄っているような気もしていました。そして、自分を育てた父と母が少し小さく、頼りなく見えました。

私が退職を決意するまでの経緯はのちのち少しずつ話すとして、とにかく、私は会社を辞める事にしたのです。お休みも信じられないほど多く、好待遇の大手の航空会社を、それなりに頑張って手に入れた仕事を、捨てて日本に帰ることにしたのです。

話を聞いてくれた上司は、お母様をやはりガンで亡くされているそうで、いろんな面で共感してくださり、私が抱えてる不安や問題を、全部受け止めてくれました。たくさん話し合った最後に、「you made a right decision」と私を抱きしめてくれると、涙が落ちると同時に、なんだかずっと縛られていた悩みに解放されたというか、すっきりとした気分になりました。

この会社とお仕事が大好きなので、きっと辞めたら寂しく思ってしまう、と私が言うと、「これからは辞めてよかった、って思えることを探しなさい」と彼女は言います。
地上から、空を飛んでいる飛行機を見上げて、
「ああ、もう最後の何列かのお客様にミールチョイスがないことを謝らなくていいんだわ」とか、
「頑固なドイツ人にいらいらしなくていいんだわ」とか、幸せになるには、そうやって折り合いをつけて生きていくものよ、と。

何かを新しく始めることより、何かを辞めることを決心するほうがずっとずっと苦しいのだなあと思いました。ものすごい勇気とパワーがいるものなのだと思いました。

でも、帰りに空港を歩いていたら、暗く寒いドイツの冬にも3日ぶりに太陽が現れて、少しだけ青空が見えました。窓からたくさんの黄色い旗が風に揺られているのを眺めながら、もうこのことでめそめそするのは終わりにしよう、と少し元気がでました。

これから帰国するまで、様々な手続きがあって大変そうですが、これから待っている新しい生活に、ワクワクもしています。