久しぶりにブログのプロフィール更新してみました。

以前の更新が2011年だったので、なんだか感慨深いものがあります。

なるべく当初の色を残しつつ、必要な部分は更新しようかな〜と更新をしてみました。

初志には初志のよさが個人的にはあると思ってます。

このブログを始めたのは2015年なので10年以上になりますが、今では真似できないような良さや青臭さがあります。

今度ちょっと振り返ってみようかな。

編集者としてのブログはすでに作ったからそちらに書いてもいいけど。
念のためそのブログはこちら!

これからは、
著者さんや編集者さん、読者の方々に対するお話は上記のブログに、編集者であるぼく個人の「日記」はこちらに書いていこうかなーと思います。

もともと日記で始めたブログだもんな〜って再認識したんです。学生だったし、そもそもブログという概念もいまと同じでは決してなかった。

これからも変化しながらだけど、その部分の楽しさは残しながら書いていきたいと思います。


大杉漣さんがお亡くなりになりましたね。

ニュースでもよく取り上げられていますが、

芸能界はもちろん、

それを超えて人望があったように感じられました。

 

そういったお人柄だったのでしょうか。

 

そういう私も、

こうやって彼の訃報を受けて

感情を動かされ、行動している一人です。

 

大杉漣さんは、

私が初めて「脇役」という存在を知った人でした。

 

恥ずかしい話ですが、

大杉漣さんを知るまでは「脇役」なんて概念が、

ぼくのなかにはまったくありませんでした。

 

おそらく中学1年の頃じゃなかったかなぁ。

北野映画で世に出たとニュースにはありましたが、

それは知らず、ドラマやその他の映画に出演されている姿を見て、

大杉漣さんを知ったのです。

 

ちょうど、

木村拓哉が出演していた「ビューティフルライフ」の渡部篤郎を見て、

主演だけじゃない、と思ったのと、同じくらいの時期だったかもしれません。

 

しかし、渡部篤郎はいってしまえば準主演みたいなもの、

大杉漣さんの脇役の感じとはちょっと違います。

 

 

なのに、本当にいい味を出していて、

物語に奥行きを与え、魅力的なキャラクターを演じられていました。

 

 

私がいま、脇役好きとなったのは、

間違いなく大杉漣さんの影響です。

 

 

ぼくの好きな俳優を聞かれると、

いつもこう答えていました。

 

忍成修吾、

堂本剛、

大倉孝二、

荒川良々、

大杉漣、

藤村俊二、

 

剛くんは主演キャラですが、

好きな俳優は見事に脇役系がうまい方々です。

それだけ影響を受けています。

 

彼らが出ているドラマは見てみたいと、

若い頃はよく思ったものです。

 

脇役の方って、

ちょっと変わった設定のキャラが多いんですよね。

それを演じるだけの懐の広さ、深さというか、

人間的魅力のようなものが、

子供心にかっこいいなと思っていました。

(だいぶ、心はおっさんですね)

 

 

そしていま思うことは、

最近、死とか別れというものに向き合うことが増えてきたな、

ということです。

 

 

これは、自分の心境を大きく変えうることだと思います。

自分自身は小さい頃から、

そういった経験がなんどもありました。

でも、おそらく同世代の30代の人にとっては、

かなり大きな変化なのではないでしょうか。

 

 

私は編集者として、

高齢者向けの本を企画することがあります。

健康本や闘病記など、生死に関わるようなテーマもよく扱います。

 

 

そのなかで、

年配の方々が自然と死や生に向き合う姿を度々見てきました。

特別な人だけがそうなるのではなく、

大多数として、そのようになっていく、ということです。

 

 

でも、決してなにかを悟っているわけでもないんですよね。

 

きっと、死や生に向かうことが日常的になり、

思考も、その「日常」にあわせたものに、

自然となっていくのだろうな、

そう思いました。

 

私は社会人になってからというもの、

50歳オーバーの方々によく好かれます。

それは自分の経験も含めて、

「年上みたい」といつも言われるからです。

 

 

そういうことを考えながら、

人っていう存在は、

「死と生」と触れながら変化していくものなんだろうなぁということを

考えました。

 

好きな俳優さんのうち、

藤村俊二さんもお亡くなりになりました。

 

ちょっと前でいえば、

サッカー選手の松田直樹が、

日本の誇るラッパーのdev largeが、

やはり亡くなっていきました。

 

 

自分を形成していたものが、

存在を消していく。

だからきっと、次の何かが生まれていくんですね。

 

 

死だけではなく、

生の部分でも、さまざまな境遇が訪れます。

「それを乗り越えよう」などとは

ぼくは思いませんが、

どんな方向にいくにせよ、

自分を構成するものがなくなるか、なくならないか、

それによって人々は作られていくんだなぁと思います。

 

 

もしかしたら「脇役」という役柄も、

数々の「足し算、引き算」をして、

それがちょっと独自な形になったキャラクターなのかもしれません。

 

 

だから、魅力的なのかもしれませんね。

 

 

 

(ブログ開設当初からのわたくし。今は何がなくなり、何が増えたのかな)

 

 

 

視界の黒い点は飛蚊症でした

テーマ:
前回の記事で、
目に黒い点というか、
黒い丸が見えるようになって、
眼科に行ってきたわけである。


結果は飛蚊症とのこと。
自分は知らなかったけど、
病気としてはわりとポピュラーなものだった。

基本的には老化すると現れてくる現象で、
60代くらいが多い病気だとか。

それを聞いたとき、


ああ、またそれか…


となかば落胆する気持ちだったけど、
一方ではもう慣れていました。


さかのぼって痔の手術もそうだし、
今年でいえば、背中にできた帯状疱疹もそう、
そんなことがたくさん増えてきた。


生き急いでるとは思ってるけど、
老化現象と言われる病気が多くてね。

実は最近、もう一つ増えたし。


とりあえず、目については、
飛蚊症ということで、
通常老化によって生じる、
いわば目の不活性部分。
目にゴミのようなものとともに現れるらしい。


黒い点とともに、
確かに細い紐状の、アメーバのようなものが無数見えている。


老化だけではなく、
強いストレスを感じたりするとなることがあるようで、
40代くらいの人もよくいるとは、
会社の人の話である。

ただ、気をつけたいのは、
網膜剥離である。

とにかく最初、
視界に黒い点が見えて、
どこを向いてもその点が付いてくるとわかったとき、
「この点がどんどん大きくなって目が見えなくなるんじゃないか」
と思ってなかなか不安な気持ちになった。

じつは、そうなる可能性もあるらしく、
網膜剥離だと、失明に向かっていくらしい。

症状だけでは飛蚊症か網膜剥離かはわからない。
だから、眼科で慎重に検査をすることになったのである。

視界に黒い点が見えて眼科に

テーマ:
久しぶりに更新する、
今日この頃まで、
いろんな変化がありました。


ブログをはじめて、
ほとんど更新していないといえども、
10年がたちました。


まさか、こんな歳で、
健康のトピックがこんなに毎日のように、
重なってくるとは、
当時、かけらも思っていませんでした。


いや、ほんとに1年前でも思ってなかったと思う。


このブログは、
ただの日記を書くだけのブログで、
その延長でいろんなことを書いてましたが、
ぼくが痔になり、
ヘモグロビン値が6.3という数字にまで貧血になって、
大手術、長期入院となり、
そのときのことを書いたことで、
多少なり読まれるようになりました。


いろんな人が、
同様に健康や体調のことで悩んでいるんだなと、
たくさんたくさん思ったものです。


今後も自分のことを、
自分が体験したことを書きながら、
なにかの参考になればいいなぁ。



そして今日は、


いま



眼科にいます。


視界の中に、
黒い点が見え始めました。


最初は一時的なものかな、
疲れてるのかな、
と思ってましたが、
思った以上に消えません。


どんな診断になるのか。
ちょっと不安のなかで、
診察待ちです。

ぼくの大好きだったショーン・K・マクアードル氏が
経歴詐称だったと週刊文春の記事によって
報道されました。

ハーフであったこと、
MBAを持っていたこと、
国際的コンサルタントとして活躍されていたこと、

などがどうやら事実ではない、
ということが報じられています。


一人のファンとして、
これはショックです。


でも、
もう一つ言うならばm、


一人のファンとして、
番組を降板されることのほうがショックです。


もちろん詐称はよくないし、
そんなものをせずに今の地位を築いていたほうが、
よっぽどかっこいいし、
好きになったと思います。


だから、降板するのはやむなしだと思います。


ただ、一人のファンとしては、
残念でなりません。


なぜなら、
確かにハーフっぽい顔立ちも好きでしたが、
(あとあの低音ボイス)
やっぱりあのコメントの的確さにいつも感心させられ、
ショーンさんを追いかけたくなったからです。


そこに関しては、
詐称でも何でもありません。


もちろん、口がうまかったのかもしれません。


でも、少なくとも
どんなコメンテーターよりも的確に、
しかも簡潔にコメントされていて、
いつも参考になったものです。


私の場合、
いつも仕事を終えて帰るとだいたい
「報道ステーション」がはじまったあとくらいの
時間になります。


そこで小一時間ほど
ニュースを見ながらごはんを食べます。


そのときにショーンさんが出ていると、
いつもより政治・経済、または国際関係について、
何か解説してくれる予感がありました。


それが聞けなくなるのは残念です。


茂木健一郎さんがブログで、
ショーンさんと共演されたときの印象を含めて、
感想を
「お人柄や、ご発言の的確さなど、素敵だと思いました」
と書かれています。


まったく同感です。


茂木さんも、もちろん詐称はよくないとしたうえでですが、
ある種、ショーンさんの経歴にまつわる「文脈」を重視してしまう
世の中の風潮にも危惧を与えていて、
確かにそうだなあと思います。


私はショーンさんが好きだったので、
擁護しがちになりますが、
ほかの人より詐称されていたショックは大きいものがあります。

でも、それがそこまで気にならないのは、
やっぱり解説に魅力があったからです。
それがもう、どのテレビでも見られないのは残念です。


そういった意味では、
すぐに幕引きをされたショーンさんは、
潔いというべきか、世の中をよくわかっているというべきか、
いろんな意味で関心させられます。


今後、険しい道を歩まれることと思いますが、
またいつかあの解説が聞けたらいいなと思います。


ほんとに、
ニュースを見ていて聞きたくなる人、
ぜんっぜんいないので、
残念です。

右手人差し指にヒビが

テーマ:
先週、なんとも悲しいことに、
またまた指をケガしてしまいました。


右手の人差し指。


第二関節にある骨です。
去年の左手中指の骨折からようやく立ち直ったと思ったらこれだ!


でも、健康ブログとしては、
久しぶりに健康ネタがあっていいのかな笑。
「健康ブログだっけ?」
というツッコミもありそうだけど、
時々健康ブログです。


指の骨折といえば、
よく

「利き手だと大変だねー」
「利き手じゃないほうでよかったねー」

なんて言われます。
今回の右手というのは利き手です。

でも、結論から言うと、


別に不便じゃありません!!!


ごはんだってなんとか右手で十分に食べられるし、
なんなら左手でもちょっとやれば慣れるもんです。
実際、今は左手で食べてます。


それよりも、
利き手じゃない左手のほうが不便なんです!!


だから、友だちや知り合い、
子どもなんかが指をケガして


「利き手じゃないからよかった」



とか


「利き手で大変だね」


とか、


むやみに言わないほうが、
いいと思います。
結構、言われたほうは心のなかでツッコミをいれて、
そのあとちょっと悲しくなるんです。


たとえば、
シモのほうの病気になった私のフィールドでいえば、
排便後におしりを拭くのは、
利き手じゃない左手のほうです。


となると、
左手に固定のギプスがあると、
まあ、かなりやりづらいわけです。


ギプスの上に包帯を巻いて固定するわけだけど、
その包帯におしりに付着している便がつきやしないかと、
毎回ハラハラして、気をつかうわけ、


でも、ケガが右手ならそんな心配はない!


おトイレ問題が占める、
不便指数はかなり大きな割合占めていると私は思います。

そのほかにも、
利き手だからこそ、
指一本が不自由でも他の指がちゃんと動いてくれて、
いろいろできたりする。

利き手じゃないと、
それもなかなか難しいですからね。治療期間は2~3週間とのこと。

早速、指が固定の影響で固くなってるけど、 
早くちゃんと治るといいなと思います。


{432E9D88-4A18-483C-8E5B-8B78193B2F9C:01}



ちなみに2~3日前、
両足の親指の爪が剥がれました。


ギリギリのところで
皮膚とくっついているので完全に取れてるわけじゃないけど、
爪の端っこの鋭利な部分が肉に食い込んで痛いのです。


その画像も、って思ったけど、
そちらは念のためやめておきますー。