直接、聞いたわけではないのだが、


「夏目漱石の『こころ』なんて意味あんの?」


と、ある人が言ったという。

2年近く前だろうか。


この発言は、ある会話の流れの中のものだろうし、これもひとつの意見であることは、分かる。


しかし、私は、なにか、とても腹立たしい気分になった。


そのとき、私がとった行動とは。


そう。おそらく20年以上ぶりに、『こころ』を読み直すことにしたのである。


これが、いろいろな面から、とても面白かった。意味がありすぎて、逆に「こんなに意味あっていいの?」と問い返したくなるほどだ。


そこから、私の読書が加速する。


『三四郎』『それから』『門』『明暗』を次々に読んだ。


それと並行して、漱石の親友、正岡子規の『墨汁一滴』『病牀六尺』『仰臥漫録』に熱中することになる。


(その間に小森陽一の『子規と漱石 友情が育んだ写実の近代』という新書をも読んだ。)


さらには、高浜虚子が、晩年の子規と自身の関係を、冷徹かつ見事な写生文で描いた『柿二つ』まで読んでしまったのだ。


先の発言をした人に、特に感謝はしていないが、あなたが知らないうちに、私は、こんなにも豊かな時間を過ごすことができたのだと、ここでこっそり囁いておく。