七福神めぐり~其の四 | ~ilioの森~

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藤沢七福神めぐり~其の四


やっとこさ、今回でラストです


一応今までのは↓

       其の一   其の二   其の三




 藤沢七福神

  旗白旗神社(毘沙門天)

  旗皇大神宮(恵比寿)

  旗江島神社(弁財天)

  旗諏訪神社(大黒天)

  旗龍口寺(毘 沙門天)

  旗養命寺(布袋)

  旗感応寺(寿老人)

  旗常光寺(福禄寿)


3日目先ず訪れたのは、


諏訪神社

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祭神建御名方富命・八坂刀売命・天照大神、境内祖霊社、太子堂、大黒天社・道祖神、創立建武二年(1335年)、

遊行寺を創建した遊行四世呑海上人が山内に勧請し、遊行寺の鎮守とした。

その後たびたび修復を重ねたが元禄十二年(1699年)現地に移した。

明治維新の神仏分離により遊行寺より独立したが、今でも例祭の時には神輿が遊行寺本堂前に渡る。



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左から 大黒天社、祖霊神、太子堂
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続いて、

感応寺
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感応院は、源実朝が静岡の三島神社を勧請したのが始まりといわれる。
建保六年(1218年)の創建で、藤沢宿で最も古い寺ともいわれ、正式名称を「三島山瑞光密寺感応院」という高野山真言宗の寺。 
本尊不動明王、開山道教、開基は源実朝 

応永五年(1398年)、阿闍梨幸海により中興、慶長十四年(1609年)、江戸幕府より檀林所に指定された。
慶安二年(1649年)朱印地三石七斗を賜る。末寺一四か寺を教える大寺院だった。


「相模国準八十八ヶ所霊場めぐり」の一番札所。



三島大明神
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堂が回転する造りだそうです。



お次は、

養命寺

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本尊薬師如来、開山暁堂、創立は天正年間(1573~92年)頃、一説には延文(1356~61年)頃の創立。

延享年間(1744~48年)大拙により中輿された。

本尊薬師如来は建久八年(1197年)銘を持つ国指定重要文化財である。


最後は、

皇大神宮

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第五十三代淳和天皇の御代、天長九年(832年)御社殿造立の記録があり、勧請の時期は更にどれほど遡るべきか

詳かでないが、創建の極めて古いことは明らかである。
天喜三年(1055年)、元亨二年(1322年)、天正十三年(1585年)、昭和六十年(1985年)と造営を重ねられている。

第六十代醍醐天皇の御代、延喜式が選進されたころに、奈良時代以来現在の藤沢市の内、藤沢・西富・大鋸・

鵠沼・辻堂などの各地を合わせてとなえられていた相模國土甘郷(とかみごう)の総社に列せられ、

この時以来、相模國土甘郷総社神明宮と称し、あまねく人士の尊崇を集めることとなった。
又、長治元年(1104年)に到って鎌倉権五郎景政が所領の大庭荘(おおばのしょう)を伊勢神宮に

御厨(みくりや)として寄進したので、大庭荘が大庭御厨と呼ばれるようになってからは、その領内、

即ち東は俣野河(現在の境川)から、西は寒川郷に到る区域、また北は大牧崎(現在の藤沢最北端)から、

南は海(現在の片瀬の一部・鵠沼・辻堂・茅ケ崎の海辺の諸村)に到る区域、いわゆる境川と小出川とに

挟まれた広大な伊勢神領大庭御厨総鎮守と定められ、更にあつく崇敬されることとなった。


例祭日 人形山車九基が出て賑わいます (写真は参考)
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これにて七福神めぐりが完了!

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100円で、記念品の手拭いを頂いてきましたこちら
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最後は完了するかどうか?って状態だったけど、期間内に全部巡ることができましたグッド!

江島神社以外はみんな初めていく寺院で、普段素通りしてて全く気がつかなかった所が多かったです。

場所、由緒を調べたり、巡ったりといろいろ発見することばかりで楽しかったです~