1. 小学校1年生

     

     

  2. 不信
  3. 私は本当に人間なの?
  4. 友達って何?
  5. いつか来る訪れを
 
 小学校4年生になっても、相変わらず、Rが私に残した言葉の意味をはかりかねていた。
 RとT、主にRだが、は私に対しても友人のように接してくれていた。いくつかの学校が参加した地域の合唱祭では、帰りに家族ぐるみで食事を共にした。夏休みに入ってからしばらくは学校に行かなければならなかったが、そうした時、帰宅して宿題を共に終わらせもした。そしてもちろん、ゲームを持ち寄って遊ぶこともあった。十二分に友達で呼べる条件を満たしているように、私には思えた。
 しかし、私が友人だと考えていたKとRは、Rによれば友人ではないという。
 では、私とR、私とTは?KがRを友人と思ってもRがそれを受け入れないように、私が彼女たちの友人ではないということもあり得るのではないだろうか。
 こんな思考回路を巡らせるほどには、「友達」という言葉がわからなくなっていた。一方で、彼女たちに「友達ではない」とはっきり言われることを恐れて、答えは保留してもいた。
 
 そんな私も、学級では相変わらず、人形のように喋れないままだった。
 いきなり話せるようになる「私」を何度かイメージしてみたこともある。頭の中のイメージでは、「私」はとてもおしゃべりで、給食中に彼らがよくしているアニメの話にも参加するのだ。彼らはビックリするだろうが、このイメージでは、すんなり受け入れることになっていた。彼らは話せないことに起因した陰口は、もう言わなくなる。そして「私」は、好きなキャラクターだって話せて…。
 しかしながらこのイメージトレーニングは、実践になると成功した試しがなかった。
 彼らがよく私をからかって言う「あ」って言ってみて、の「あ」すら出てこない。
 ただただ、苦し気な息が漏れそうになるだけで、言葉を出すどころか、表情一つ変えることができなかった。
 
 それでも私は学校に通うことはやめなかった。
 何故だか不登校になるのは負けだと思い込んでいたのである。
 そこにはどこか、いつかは話せるようになるという期待もあったのではないだろうか。
 
 そして私は、いつか来る訪れを、誰よりも待ち続けていた。