怒涛の1ヶ月 〜点〜
この1ヶ月のことを振り返るにしても、今年1年の変化に触れざるを得ない感じだから書いてみよー今年はものすごい変化の年。前回の記事に書いた天使の彼女と出会ったのも今年。これまでいろんなことを誤学習したために全力で自分のことを大切にしてこなかったことに気づいたのも今年、人生はフラグ回収の旅だと気づいたのも今年、現実は創造できると知ったのも今年、子供の時から続く執着は今世だけの話じゃなかったと知ったのも、自分にしかできないことがあったりそれがどうやらお役目に繋がっているかもしれないことを知ったのも今年…書ききれぬ。これまで科学的な根拠や論理や説明を取り交わす信念体系のファンであって、こうだからこうというのが納得できて初めて自分に落とし込んでいくような生き方をしてきて、それが間違ってるなんて思いもしなかったし疑いもしなかった。自分のことは自分が一番よく理解してると思い込んでいて、自分はこうっていうアイデンティティもがっちり作り上げてきてた。それが一番安全だって信じ込んできた。でもまぁ生きづらい。発達障害的な要素も確実にあるけど(検査もした)、どうもそれだけじゃない。2次障害だとしても説明がつきにくい。じゃあなんだ…生き詰まりを感じる。。と、こんな具合にいりこは生きづらい自分を自分に説明するために「何者か」の枠に当てはめようとしていたのです。本当の自分なんかフル無視だったと今ならわかります生き方そのものが自傷行為でした。今年の7月から姉の紹介でアバター®︎コースで意識の探求を始めて、大事なのは蓄積した根拠ではなく何よりも本来の自分でその自分には思っている以上のエネルギーとパワーがあり、自由自在であり、信じられないくらいシンプルで身軽なものなのだと知ってなかなかの衝撃体験をしました。今まで良かれと思ってやってきたことがあれもこれも自分を苦しめてきたのか、じゃあどうしたら…とまた考えようとするいりこでしたが、それも必要なくただ漂うのでOKでそんなことより楽しいこと計画しよーぜ的な感覚が自分のベースになってきたのです天使の彼女とも、ここで出会ったのです。とはいえ、折り目のついた紙のようにこれまでの生き方のクセは簡単に抜けるものではないからついつい知らないうちにまたしんどい選択をしていたりするんです。そうするとまたへこむんだけど、それさえも「感じて愛でてみようよ」という天使の彼女の言葉でハッと気付いて、否定することなど何もないのだというところに戻ってこれるのです。いりこに興味を持ってくれ、感じたキーワードを伝えてくれる人がいて、感謝の気持ちが滲む毎日になりました。何より孤独にならない。そして、その出会いや学びを手繰り寄せた自分の決断と実践を賞賛できるようになったのです