毎日のルーティンはとても大事。
特に朝。
その日一日心穏やかに過ごせるかどうかがそれで決まったりもするから。

『一日にひとつ以上ものを減らす』
しばらくこれをルーティンとして続けてみようと思っています。
最近断捨離や終活の記事がやたらと目につくようになって、
これまで後回しにしていた事だけど
自分が将来この家からいなくなるときのことを想定して
動いてみようというのが理由。

命が尽きるのが先か
相方さんとの暮らしを始めるのが先か
ひとり暮らしするのか
微妙なところなのかもしれないけれども。

先日
意図するということは願いが叶っていないから意図するのであり、
その時点で願いが叶っていないという現実を作り出すことになる、
すでに手の内に在ると思えばその必要はなくなるという趣旨の本の一節に出会ったのですが
わかるようで分からなくもある……。

既に手の内に在るものを具現化させるために『意図する』というのが
正しいのかな⁇と思いました。

今、無いものだからという認識の上で『叶うように意図する』のではなく
在るものを具現化させるための『意図』であるならば
意図することはとても大事なことだし
言葉選びも慎重になるというものです。

情報をたくさん入れることも大事だけれど
自分が納得するところまで落とし込んでいくことがその先にあるもっと
大事なことだと思うのです。

相方さんとこういう現状にならなければ
のほほんと、何も考えずに暮らしていたと思うしそれは
私にとってすごく心地よい空間で
本当は手放したくなかったけれど。

今は自分の魂の成長過程として与えられた大切な時間なのだと思います。
この時間を無駄にしないよう
今できることを
少しづつ積み重ねて暮らしていこうと思います。

その先には
やっぱり相方さんと一緒に居る時間が
少しでもある事……
おそらく手の内に在るその時間を現実として紡ぎ出せるよう
意図します。