特にイベントに興味があるわけではないのですが
誕生日やクリスマス、お盆やお正月……それくらいは、その日を意識しながら過ごしています。
仲違いするまでは
やっぱりそんな特別感のある日は相方さんと一緒に居たいな…と思ってました。
今年のクリスマスイブは日曜日だったのに相方さんに用事が入ってて一緒には居れなかったのですが
モヤモヤ、がっかりすることもなく
おひとり様を満喫しました。
実家の母が高齢で一人暮らしを頑張ってくれてるのと、クリスマスだからといって
何もしないだろうと思って、ケーキとチキン、スパークリングワイン(缶🥫)
いつも買わないチョコレート🍫(好きだけどちょっとだけお高い)を差し入れしてきました。
自覚ができるほど最近は相方さんへの執着がなくなっています。
この26年間、執着し続けてきたものがこんなにも
憑き物が落ちたように変化するなんて
やはりこの分離期間に自己統合が起きてからの先日の再会へと繋がったんだろうなぁと
しみじみ思うのです。少しは自分のがんばりを認めてあげても良いですよね

これまで相方さんに対しての執着が突出して大きかったんだと思います。
もしかしたら、父親に満たされなかった想いを相方さんに満たしてもらおうと無意識のうちに
思っていたのかもしれません。
父は家庭や親である事よりも自分個人を最優先する人でしたから
60代半ばで急逝した時もそこまで悲しみを感じることもできなくて、私がその歳に近くなった今は
親として認めてあげてたら良かったなぁと……そんなこともふと考えたりするのです。
本当は寂しかった(私も父も)のかもしれません……。
その寂しさを相方さんに埋めてもらいたかったのかも。
安否確認に異常なほど執着していたのも突然失うことへの脅威を
父親の急逝を通してトラウマになっていた可能性もあるかもしれません。
亡くなった父をこれまで相方さんに投影していたのかも……
どんな相方さんも愛してると思えた瞬間、それは『どんな父でも愛してる』という思いも
重なっていたのだと思います。