おはようございます。
ここ2日ほど、ある事がきっかけで私自身の気づきが次々と提示されています。
✳️相方さんへの執着(まだ手放せてなかった💦という事実)
✳️心理的ホメオスタシス
✳️課せられた使命、等々。
分離期間そろそろ4ヶ月近い頃、やっと『会えない暮らし』に少し慣れてきた頃で、私自身は色々と進んだ部分もあったと思っていたけれど
それもこれも単なる勘違いだったり
亀の歩みでも前に進んでいくしか相方さんとの再会はあり得ないわけで。
自分自身がどういった心持ちで進んでいくかで日々のエネルギーが良くも悪くもなっていくのです……
だったら当然明るいエネルギーの中を進んで行きたいと思います。
課せられた使命について。
私でなきゃいけないというような大仰なものではありません。
何がしたくて今世生きているのか……という事。
昔の想い出を共有できる人と当時のことを話していると
心が温かくなるのです。
思い出は記憶の中だけでは無く、実際に使ったものや着たもの、家、
食べたり飲んだりした感覚……
懐かしむ事ができるもの達が
『要らないもの』としてどんどん捨てられていく世の中に
一抹の寂しさを覚えながら暮らす昭和世代の私と身内……
捨てずに今の暮らしに活かしたい
全ては無理でも
私ができる事で、少しでも。
そんな気持ちがこのところすごく大きくなってきています。
自分にできることを精神と経済的な自立に繋げていくタイミングが
『今』なのかなと。
相方さんとこうなってなかったらそんなこと真剣に考えもせず
『好きだから』という理由だけで材料を買い求めストックしてにやけて
眺めるのがせきのやまだったかな……と
思ったのです。
実際、今の暮らしの中で
私が少々買い物をしたからといって、誰に何を言われるわけでも無く、
自由にお金の出し入れも可能なのです🉑
そんな中でわざわざ
骨折りしながら経済的自立なんて考えませんよね……
依存してるなんて思いもせず、暮らしを続けていたと思います。
でも相方さんと会えなくなり、
ほんとうに相方さんと一緒に居たいと思えば
今のままではもう無理なんだということは意識下ではわかっている気がしています。
自分の力で暮らしを立てる事が絶対条件と
なるわけです。
今の安楽な暮らしを捨ててまで
私は相方さんと一緒に居たいのか……を問われてる気がします。
そして
相方さんがツインレイであろうとなかろうと
私が自立することは
誰の損にもならないことも。