自分が間違えたこと、
神様に従わなかったこと。
こういうことに対して、
2つの選択肢ができる。
一つは、
①見て見ぬふり
②悔い改め
①と②は全然違う。
①は、やったことを、
選択したことを、
言ったことを、
行動したことを、
なかったことにする。
一見清々しい。
過去は過去のこと。
今と未来を生きる。
さわやかに。
終わったことは終わったこと。
いちいち思い出させないくれ。
私は振り返らない。
とっとと前へ行く。
こういう風に思う時、
②はまるで、
過去を思い出し、
過去に留まり、
自分を責め、
自分を罰し、
苦しい思いを呼び起こさせるもののように、
勘違いしているところがある。
でも、②はそんなものじゃない。
②はもっとシンプル。
「ごめんなさい」ということ。
それだけ。
心から、謝ること。
それだけ。
神様と関係を持っているなら、
②がないのがむしろ不自然。
毎日話しているなら、
聖書を読んで祈っているなら、
②があるのがとても自然。
ごめんなさい、
間違えましたと、
謝ることが毎日あるのが、
とても自然。
なぜなら、人間だから。
息をするように、
毎日「ごめんなさい」があるのが、
人間。
完璧からは程遠いのが人間。
試行錯誤が人間。
トライアンドエラーが人間。
エラーアンドエラーが人間。
私たちは、完璧で、
間違いが一切ない生き方をするように、
呼ばれていない。
私たちは、
不完全で、間違いをすることを、
赦されている。
過去、現在、未来。
どの時間軸でも、
どこまで行っても、
ライフステージが変わっても、
何歳になっても、
不完全で、間違いをすることを、
赦されている。
神様は私たちが、
神様を必要とするように、
造られている。
不完全な者が、
完全な神様に頼って生きるように、
造られている。
悔い改めの中に、
関係性が深まる。
悔い改めがあってこそ、
親密になれる。
悔い改めの中に、
成長がある。
悔い改めるごとに、
抵抗が弱まる。
悔い改めは、
祝福。
間違えてたこと。
それはもういい。
従えなかったこと。
それももういい。
けれども、
今この瞬間、
愛の泉を注ぎ続けてくれている神様に、
心から、
「ごめんなさい」
心から。
神様は、
そんな私たちを大歓迎してくれる。
そして、悔い改めたその時点から、
また新たに、素晴らしい道へと、
大いなる祝福の道へと、
カナンの地へと、
導いてくれる。
神様のやり方は、
私たちの想像・理解を、
遥かに超えている。
感謝☆