おはようございます。

今朝は詩篇105編を読んでいました。その中の最後の聖句、43節から45節が心に残りました。

「主はその民を喜びのうちに導き出し、
その選ばれた者たちを喜びの叫びのうちに導かれた。
主は彼らに国々の地を与え、
国々の民の労苦の実りを彼らに受け継がせた。
それは彼らが主の掟を守り、
そのおきてを守るためである。ハレルヤ!」

この御言葉を通して、今朝あらためて神様から語られたことは、「神様の性質は一切変わることがない」ということです。


神様の性質とは、愛そのものであり、選ばれた民ひとりひとりを、喜びと祝福に満ちた人生へと導こうと常に働かれているお方である、ということです。

そしてそのご性質は、決して変わることがありません。


けれども、私たちが日常生活を送る中では、
 

・世の中での葛藤
・罪との戦い
・誘惑との戦い
・神様から離れさせようとする心との戦い
・恐れや不安、失望との戦い
…さまざまな戦いがあるのも事実です。


そしてその中で、神様が遠くに感じられることもあるかもしれません。

「この試練は神様が与えたものだから仕方がない」
「これは我慢しなきゃいけないものなんだ」

そうやって、頭で正当化し、辻褄を合わせようとすることもあるかもしれません。


特に、理不尽な扱いや辛い状況に直面したとき、
「神様が罰しているのでは」
「厳しい神様なんじゃないか」
と考えてしまうこともあるでしょう。

 

でも、そう考えてしまうことすらも、人間らしい反応なのだと思います。

ただ、忘れてはならないのは、
「神様の性質は変わらない」ということ。


神様はどんな時にも、愛そのものであり、
私たちを常に、
緑の牧場へ、憩いの水辺へと導かれるお方です(詩篇23篇)。

それは絶対に変わることがありません。


私たちの思考は、つい短絡的になりがちです。
神様が1年、2年、あるいは10年、20年という単位で人生を見ておられるにもかかわらず、
私たちは「今日」「明日」「1週間後」という短いスパンで結論を出そうとしてしまう。
 

その結果、焦燥感が湧いたり、
「なぜこんな状況なのか?」
「どうして?」と問い詰めたくなったりすることもあります。
 

でも、そのときに心に留めておきたいのは、

神様の計画は一貫しているということ。

そしてそれは常に「愛」そのものであり、
私たちを「喜びに満ちた人生」へと導こうとしているということです。


焦燥感や疑い、自信の喪失は、敵が喜ぶこと。

だからこそ、神様を信頼してとどまり、信仰をもって、
御言葉にとどまりながら、今日一日を歩んでいく。
 

このことを大切にしたいと思います。

今日も読んでくださってありがとうございました。
1日が祝福に満ちたものとなりますように。