詩篇102篇って、「悩む者の祈り」ってタイトルがついてるんですよね。

読んでみると、1節から11節までは本当に、ひたすら自分のつらさや苦しみを正直に吐き出してるんです。しかもすごく淡々と。

でも、すごいのはそこから。

12節でいきなり、「しかし、主よ」って始まるんです。
ここでガラッと雰囲気が変わる。

この「しかし」の一言。
これが本当に大事なんだと思います。
 

いろんな悩みがあって、心が沈んで、どうしようもないと思える時でも、「でも、神様がいる」という視点の切り替えができる。
 

これって賛美そのものなんじゃないかなって感じました。


英語で言うと、“Why, God?”(なんでこんなことが…)じゃなくて、“But God.”(でも、神様がいる)っていう切り替え。


自分の悩みから、神様の大きさ・変わらなさに目を向けるとき、不思議と心が少しずつ引き上げられていくんです。
 

詩篇の後半にも何度もこの視点の転換が出てきます。

26節では人は消えゆくものであること言及している。でも、27節では、「でも、あなたは変わらない。あなたの年は尽きることがない」と言ってるんです。
 

この「でも神様は」っていう目線、本当にすごいなって思います。
 

問題にばかり目を向けるのではなく、神様の素晴らしさ、永遠さ、偉大さに心を向けるとき、たとえ問題があったとしても、神様は必ず私たちを「脱出の道」へと導いてくれるんです。


それは、今すぐに解決するって意味じゃないかもしれないけど、「絶対に置き去りにはされない」っていう安心感。
 

今日もいろんな悩みがあるかもしれないけれど、そんな中でも「しかし、主よ」って言えるこの視点、大切にしていきたいなと思います。