「祈らなきゃいけない」って言葉を、たまに耳にします。でもこの「〜しなきゃいけない」っていう響きが、私はちょっと不自然に感じるんです。

 

祈りって、何か義務とかタスクではなくて、シンプルに“神様との会話”。それ以上でも、それ以下でもない。ただのコミュニケーションと思うんです。

 

ルターの言葉にもありますよね。

 

祈りなしでキリスト教徒であることは、呼吸なしで生きていることと同じくらい不可能である。

"To be a Christian without prayer is no more possible than to be alive without breathing."
— Martin Luther

 

祈りって、それくらい自然で、当たり前なこと。

だから祈りって、本当に難しく考えなくていいと思うんです。

 

私は、「神様、ありがとう」って一言つぶやくだけでも、それは立派な祈りだと思っています。

 

言葉が浮かばないときも、「神様って本当にすごいよね」って、それだけでいいんじゃないかなって。賛美するだけでも、祈りになると思うんです。

 

神様のすごさに気づきたいときは、外に出て空を見上げてみる。

 

草木を見たり、風を感じたり、鳥の声を聞いたり。自然の中には、神様の創造の奇跡があふれています。

たとえ小さな虫や雑草だって、神様が丁寧にデザインして創られたもの。

 

それを感じるだけで、「神様ってすごいなあ」って、自然と心が動くんですよね。

 

そして、「その神様が、私を創ってくれたんだ」と思えたとき、心の底から感謝が湧いてくる。

 

ただその気持ちを伝えるだけで、十分。

 

だから、祈りはもっと軽やかに捉えていいって思っています。自然に、自由に。

 

そうすれば、祈りがどんどん自分の中で広がって、神様との関係もどんどん深まっていくから。

 

今日も読んで頂いてありがとうございます。

素晴らしい1日を送ってください。