おはようございます。

今朝は詩篇の81篇を読んでいました。
その中にこんな聖句があります。

あなたのうちに、ほかの神があってはならない。
あなたは、外国の神を拝んではならない。
わたしが、あなたの神、主である。

 

詩篇81:9-10

 

申命記の中に、神様はねたみの神であると書いてあって、私はこの聖句もすごく好きなんですね。

神様の人間性というか・・・

あっ、神様に失礼。

もちろん人間は神様に造られているわけですから、神様の神様性ですね。

とにかく、何かこうすごく親しみを感じる聖句なんです。

神様って神様のことだけを愛してね💛
神様のことだけを信じてね💛
他の神様じゃなくって、自分だけを信じてね💛

って言っているんですね。

で、これって全然難しいことじゃないんです。

つまり何を言っているのかと言うと、
神様は神様1人しかいないから、自分だけを信じてね💛

これだけ。

 

他に神様がいない!ってことなんです。

 

難しくするのは、いつも人間側です。

私たちは自分たちの手で作ったコップとか、
石の像とか。

 

そういったものを私たちが自分の認識で、これは神様だってすることができるんです。

人間ってすごい能力が与えられているから、
できるんですね。

 

これは神様だ!って知覚すること。

 

犬さんや猫ちゃんはできません。

人間だからできるんです。

 

例えば先祖代々の木、樹齢何百年の木が家にあって、
この木を大切に守られてきたから、なんだかこの木が自分を守ってくれる神様のように感じてきた。

だから、この木を神様とするってね。
これが私たちが作る神様ですよね。

この世界には、私たちの概念、私たちのイメージ、私たちの解釈で作った神様がたくさんいます。

たくさんです。

 

ある人が神様と思えば、パソコンだって神様になるから。

 

私たちが神様と呼べば神様になるわけです。
私たちの想像豊かな性質を、神様は決して否定していないし、想像力って私たちの人間に与えられた、特別な能力。

 

だから、想像するのは、全くもって構わないんだけれども、あくまでそれはお遊びの神様だということ。

 

というのも、神様は1人だけだから。
変えたくても変えることができない事実。

誰がどう言ったって、空中を舞う蝶々のデザインをした〇〇さんは、存在しないわけです。

 

変えたくても。人間の力ではどうにもできない。
順番が違うから。

 

人間が地球を造ったわけでも、人間が犬さんや猫ちゃんを造ったわけでもない。

 

だから、ここは仕方ない。

 

順番が違うんですね。

 

全く何もないところから、光を造った方。
全く何もないところから、宇宙を作った方。
全く何もないところから、海を造った方。
そして、全く何もないところから人間を造った方。

 

これが創造主なる神様です。

なので言葉遊びで、これは神様のようだ!って日本語で言ってしまうことがあっても、あくまで礼拝する神様は創造主。

神様はこの全世界を全てを造った神様。
そして全人類に天国の切符をばらまいてくれたイエスの犠牲、そして愛して愛して愛してやまないが上にイエスが天に戻っても、私たちに送り続けてくださってる聖霊。


これが神様です。


感謝☆


今日も素敵な1日を送ってください💕