聖書でいう、祈って与えられること。

 

これって、望んだものがすべて与えられることと、
少し違う。

 

で、クリスチャンでない人がこれを聞くと、

え!?そこ、違うなら、もういいですって言って、

聖書から距離を置く。

 

だって、望んでいるものが欲しいから。

ってなるから。

 

 

聖書でいう、祈って与えられることは、

御心にかなうという点がとっても大切になる。

 

主人公が、【自分】じゃなくて、

【神様】に移る。

 

ここで、また同じこと。

 

クリスチャンでない人が、これを聞くと、

え!?自分が主人公じゃないなら、もういいですってなる。

 

 

でもでも。

 

最後まで聞くってすごく大事。

 

まず最初に、私たちって、

自分が何を望むことがベストなのか、
常にわかっているわけではないということ。

 

これにはすっごく謙虚さが必要だし、

自分の頭の中での理解をある意味あきらめないといけない。

 

分かってるって思ったとき、
実は全然分かっていないことってある。

 

知ってるって思ったとき、

実は全然知らないってことある。

 

まさに、神様との関係において、

わたしは、自分が望んでいるもの、

本当に自分がベストか分かっているわけではないです

 

という態度、とっても大切になってくると思う。

 

ここがないと、結局、自分中心になってしまう。

 

神様とか、もういいですってなっちゃう。

 

 

わたしは、自分が望んでいるもの、

本当に自分がベストか分かっているわけではないです

っていう態度になれるか、なれないかの境目って、

 

神様は私のベストを知っている

 

ここに全信頼を置けるかどうかにかかっている。

 

ここに信頼を置くには、

私の設計者、デザイナーは神様だってことを知らないといけない。

 

自分が、偶発的に、よくわからない突発的な細胞分裂で意図もなく創造されたただの生物

 

と思っていると、神様に信頼できなくなってしまう。

 

でも、そうじゃなくて、

私たちは、神様によって作られた、

 

最高傑作☆

 

奇跡の作品

 

ということ。

一人として同じ人はいないし。

 

もう、私もあなたも奇跡でしかないんです。

 

これを、読んでくれている人に、

あなたがいかに奇跡かってこと、伝わったらうれしいな。

 

とにかく、とにかく、

 

私たちには最強の創造主がいます。

 

ちゃんと計画して、ちゃんとこだわって、精密に作ったデザイナーがいるんです。

 

そして。

 

そのデザイナーは当然私たちより、

 

私たちのベストを知っている。

 

当然。

 

そりゃあそうです。

 

造った側だから。

 

だから、神様が一番いい望みを、ちゃんと聞いて答えてくれる。

 

 

そして、もっと嬉しいことに、

神様とちゃんとつながっていると、

自分の望みと神様の望みが一致してくる。

 

どんどん。

 

そうだよね、神様!

 

やっぱり、そうだよね!

 

って祈ることと、現実に起きること、
ズレが少なくなってくる。

 

御心がわかるようになってくるから。

 

そうすると、ますます神様への信頼も高まってくる。

 

そして、堂々と、

神様、あなたが主です!

 

って言えるようになってくる。

 

だって、自分でハンドルとって人生を動かすより、

何億倍も優秀で、最強だから。

 

もっともっと、降参したい。

 

感謝☆