クリスチャンとして生きる霊的な戦いについて考えてみたいなと思います。

 

クリスチャンとして生きるということは、この世の中で目立つんですね。

目立つというのは、人の目によって目立つわけではなくて、スピリットの世界において目立つわけなんです。

 

それはなぜかというと、この世には、良い力つまり、愛の方に、光の方に向かっていく力があります。

 

けれども、闇の力つまり、悪の方に、死の方に向かっていく力もあるわけですね。

 

テレビをつければ、イスラエルとハマスの問題があります。

ニュースを見れば、誰かが電車に飛び込んだとか、また家族でこんな事件があったとか、そんなことがしょっちゅうあります。

 

これは現実として実際にあることなんです。

 

今、この世界で生きてるということは、ディズニーランドの夢の国で生きているような、毎日、毎日お花畑にいるような世界では決してないわけなんですね。

 

悪口が存在し、いじめが存在し、差別が存在しているわけですね。

悪の力、闇の力というのは確かに存在するわけです。

 

そんな中でキリストに従って生きていくというのは、愛の方に、光の方に向かっていくわけですから、霊の世界では非常に目立つわけですね。

 

そして悪の勢力からしたら、非常に鬱陶しい存在なわけなんです。

 

悪の力、闇の力にとっては当然反対勢力になるわけですから、そこには戦いがあるわけなんですね。

 

だから信仰が必要で、神の武具を常に身につけていかないと戦いに負けてしまう。

つまり飲み込まれてしまうことだって当然あるわけです。

 

クリスチャンは、聖書の御言葉でしっかり立って、毎日祈り、毎日神様から力をもらい、明日のことなんて心配している暇がない。今日に十分戦いはあるわけですから、今日に集中していきます。

 

そして、神様から力をもらい、神様の言葉に励まされ、また決して1人で戦うことなくフェローシップを持って、強い強い霊的な力を受けていく。

 

今日、そしてまた明日、1日1日を丁寧に、生きていくんですね。

そうやって、天国までの階段を上っていく。

クリスチャンの人生はまさにそのようなものであるなと思います。

 

今日も読んでいただいてありがとうございました☆

素晴らしい1日を送ってください☆