神様の家族の皆さん、おはようございます。

今朝もまた夜明け前に起きることができ、神様と静かな時間を持てたことに感謝します。

コロサイ人の3章2節に、このような言葉があります。
私たちの心というのは2つの場所に同時にいることはできないんですね。

私たちは地上で、2つの場所に同時にいることができないように、心も1つの場所にいます。

例えば信仰と恐れを同時に持つということはできません。

恐れているという時は、信仰を持てていないし、神様を信頼できていないんです。

恐れている時というのは愛がありません。

全き愛は恐れを締め出すとあります。

心配をしながら祈ることもできません。祈っているのに、心配しているならば心ここにあらずです。

心というのはとても素直なものだなと思います。

自分の心がどこに向いているのか?
その場所が、瞬間瞬間はっきりしているんです。

そして、私たちの心というのは、常にこの地上に、罪の中に、永遠に繋がらないものに引っ張られるところがあります。

地上のことで頭がいっぱいになりながら、天上のことを考えることはできないんです。

天上のことをたくさん考えながら、地上のことに囚われることもできないんです。

クリスチャンは永遠の視点を持って、いつも生きています。

だから私たちは天のことで満たされるんです。

そして天にあるものを思って生きていくということは、それは決して現実離れした生き方ではないんですね。

むしろとても現実的な生き方なんです。

なぜかというとフラフラしないんですね。

目の前に起きてる状況に、右往左往していかない。

物事を自分の分際を超えて、深刻になることをせず、全てを支配される、導いてくれる、神様に委ねていくんです。

そして、私たちは今できることをコツコツとやっていくんです。

自分にコントロールできないことまで、コントロールしようとしたりとか、慌てふためいたところでどうにもできないことに慌てふためいたりしません。

ただ心配して恐れ、嘆き悲しみながら、今日という尊い一日を心配と不安の嵐で過ぎ去らせることをしません。

地面に足を堅くつけて、自分の与えられた役割にしっかり生きていくんです。

希望は常に天国にあります。

神様の今日の1日の恵みは十分です。
だからこそ、神様に信頼をおいて、しっかり歩んでいく。

その強さが天上から常に与えられること感謝です。

今日も読んでいただいてありがとうございました。素晴らしい1日を送ってください✨