神様の家族の皆さん、おはようございます。


聖書には心配するなということが書いてあります。そして、それは言葉を変えて、いろんな形で何度も何度も出てくるんですね。思い煩うなとか、恐れるなとか、心を騒がすなとか、動揺するなとかです。


私たちが心配する時というのは、未来のことが多いと思います。また、過去の経験から未来がこのようになってしまったらどうしようかとか。


とにかく先々のことを考えてしまってる時です。


ただ、はっきりしてることは、未来は私たちのものではまだないんですね。


未来は完全に神様の領域です。


そもそも未来に生きることを前提としていること自体がおこがましい。


未来はこうなるだろうと、勝手に未来を自らの力と知恵で作り上げることができると思ってること自体が、自分に過信しすぎだということです。


毎日太陽が昇り、命が与えられ、心臓の鼓動が動いているのは、私たちの力によるものではありません。


神様の一方的な恵みと、祝福によって命が与えられています。


だから朝起きて、今日1日が与えられたのであれば、今日の1日を精一杯生きるということ。


それが私たちの務めです。


天国に行くまでは常に一時的な休息が必要です。私たちは疲れることがあります。私たちは時に走りすぎてしまうことがあります。


だから睡眠がとっても必要なんです。


睡眠は一時的な休息にしか過ぎません。


天国に行くまでは永遠に休まるということはないでしょう。でもそれでいいんです。この世は一時的な旅ですから。


1日、1日を与えられた日をしっかり生きていく、それが私たちの大切な役目です。


1日1日をしっかり生きて、しっかり作り上げていく時に、自然と未来というものが作り上げられていきます。


今というこの瞬間おろそかにして、半年後のこと1年後のことをあれこれ考えることは、愚かです。


今を適当に生きるのであれば、おそらく未来も適当になってしまうでしょう。


けども、今を丁寧にしっかり生きるのであれば、未来に自分がするであろう選択も信頼できるようになっていきます。


きっと未来の自分も神様を信頼して、神様の導きを求めながらしっかり生きていくだろうと信じることができるわけです。


神様は心配するなと言っています。


それは未来は神様の領域であるから。


私たちは今日1日やるべきことにしっかり集中して、今日をしっかり生きていきましょう。


そうすると心配する時間など、そもそも全くないことに気づくはずです。


心配する時間があったら、掃除機をかけましょう。放置していたこと、先延ばししていたことをやっていきましょう。


今日も読んでいただいてありがとうございました✨✨素晴らしい1日を送ってください。