神様の家族の皆さん、おはようございます。
赦すことに早くなることは
人生をより豊かに生きていくために
とても必要なものであるなと感じます。
私は基本的に落ち着いて
ゆっくりとした生活をすることを
好んでいます。
スケジュールはあまり詰め込みすぎず
焦ったり慌ただしかったり
バタバタするような日常になってしまうことを
意図的に避けるように努力しています。
自分の心を
できる限り乱さないようにするためです。
なので早くなりすぎないようにというのは
自分の中で大切にしていることです。
ただ赦すことにおいては
早いに越したことはない
と確信しています。
赦すという言葉は
なんだかとても大げさなことに
聞こえるかもしれません。
人に裏切られたとか
人から傷つけられたとか
ものすごく大きな試練に直面したとか。
人生の大きな出来事に対して
赦すか赦さないかだけでなくて
自分自身を赦すこととか
家族に言われたちょっとした一言や
態度/行動に対して赦すとか。
そういうことも全部含まれています。
赦すという選択をしないのであれば、
私たちは根に持ってしまったり
良くない不快感情を
ずっと心の中で抱き続けてしまうんです。
傷つけられた
という思いが湧いてきた時に
人が人を傷つけるような行動をしてしまったり、
言葉を吐いてしまうには
多分その人も何かしらに傷ついているところがある
と思うんですね。
それは環境であったりとか
生い立ちとか
また他の誰かから傷つけられたとかが
あったと思うんですね。
そんな連鎖を見ていくと
結局先祖代々どこまでも遡って
アダムのところまで行って
人間が最初に罪を犯したというところまで
戻ってしまう。
でもここで立ち止まりたいのが
それをやり続けて
自分たちの力や光になるのかと言ったら
全くそんなことはなくて
ただこの世の闇を見るだけになるわけです。
だから私たちは赦し難い時に
もうここでやめるんだ。
もうここで終わりにするんだ。
もう自分の代で止めるんだ。
そういう思いから
あえて自ら積極的に
自分の意志で
赦すってことを選択していく。
この態度が必要だと思うんです。
自分が赦せるような状況に
周りが整ってからとか
周りが赦したくなるような状態になったから
とかではなくて
自らのために
そしてこれからの人生のためにも
積極的に意欲を持って
赦すという選択をし続けていくこと。
これがとっても大切だ
と感じています。
神様は赦す神様なんですね。
私たちがついていく神様は
いつでも私たちを赦してくれています。
それなのに私たちは赦さないという選択は
神様に近づくことを妨げてしまいます。
神様についていく
従っていくとは
神様が大切にされてることを
大切にするということです。
神様は赦すことを大切にされています。
だからこそ
私たちも自らの選択で赦すことに早くなり
苦味の中にとどまるのを拒否していく。
他人を自分をまた状況を
赦していく。
このことに積極的でありたいと思います。
今日も素晴らしい1日を送ってください💕
読んでいただいて
ありがとうございました。



