神様の家族の皆さん、おはようございます。

神様が怒ってる神様でも、厳しい神様でもなくて、優しい神様だという認識、これはすごく重要だと思います。

私は神様は愛の神様であるということ、そして優しい神様であるということを、心の底から本当に受け入れるまで、随分と長い時間がかかりました。

なぜかと言うと、様々な理由があると思いますが、その1つに自分の中に罪、悪感罪の意識がすごくあったということです。

私がクリスチャンになった時に、闇は光を恐れて、光の方に来ないというヨハネの福音書3章20節を引用しました。自分自身が神様と出会うことによって、とても闇がある、罪があるということを自覚したんですね。

もちろん、どなたもそうだと思うんですけれど、クリスチャンになるという覚醒を受ける時に、

これまで見えていなかった自分の罪を意識する時

があると思います。まさに、このきっかけも神様に与えられる恵みです。

今まで見えなかったものが見えるようになる、心の目が開かれる

んですね。

同時に罪が赦されたということ、神様によって清められて、そして聖なる者とされているということ、ここにまさに神様の愛があり、光があるわけです。

私の場合は、神様の愛をこれでもかと受け取りながらも、自分自身の考え方や思考、これまでのパターンをなかなか手放すことができず、自分が自分を罰するみたいなことをよくしていたなという風に思います。

その結果、神様は常に優しくて、愛であるにも関わらず、勝手に勘違いして、神様は怒っている、神様はきっと失望していると、神様でもないのに、神様が私をどう思ってるかを自分の頭の想像の中に入れて、グルグルさせてしまっていた時期があったなと思います。

神様は間違いなく優しい方です。

そして愛に溢れています。

慈悲深く、恵み深く、情け深い方です。

聖書はラブレターであるとも言われていますが、

神様そのものが愛であり、愛そのものが神様です

本当に究極の愛のかたまり、それが神様です。

神様は同時に、力強く、そして全知全能であり、とても大きな権威を持っています。

私たちは時にこういうことに圧倒されてしまうことがあり、神様の持つ優しい面を忘れてしまうことがあります。

けれども優しいというには本当に言葉通り、優しい響きのある言葉であり、

優しい神様であるということをちゃんと心に刻む

ことは、とっても大切だと思うんです。

私たちが祈る時に、誰に対して祈っているのかを考えると、優しい神様に対して祈っているんですね。

そして、優しい神様に対してであれば、自分の悩んでることや、心配や不安も、包み隠さず伝えることができると思います。

優しい神様であるから、私たちの思いを100%聞いてくださっている

と分かるんです。

そして、神様に信頼して委ねることができるんです。

優しい神様だと分かってるからこそ、神様との関係もますます深く、よりよいものになっていくんです。

神様は、昨日も今日もそして明日も、変わらずにとっても優しい方です。

愛にあふれています。光にあふれています。

こんな神様についていけることに、感謝しています。

今日も1日素敵な日を、そして自分に優しく、過ごしてください✨