聖書は「絶えず祈りなさい」と言います。
絶えずですから、いつも祈る、四六時中祈る、呼吸のように祈るってことですね。
神様に祈りをするときに、自分の悩みや課題を解決して欲しいと祈ってしまうことがあるかもしれません。
もちろん、聖書は、思い煩いを全て神様に委ねなさいと言っていますから、自分の悩みを祈りの中で言っても全然大丈夫です。むしろそれは必要なことです。
ただ、私たちがあれをしてください、これをしてくださいとまるで神様がドラえもんのポケットのように、またアラジンのランプのように見ていないかということはとても大切です。
私たちは神様によって造られました。神様なしでは、私たちそのものがそもそも存在しないんですね。
まるで神様に、私にこのように仕えるように、このような出来事を起こすようにと指図しているような祈りになっている場合は、神様が私たちのために働くという、いつの間にか格下になってしまっています。
この場合、心の態度というのは、「私が自分の人生のベストを知っているんです。なので私が思うベストに導いて下さい」となってしまっている可能性があるんです。
でも、私たちのベストは神様が知っています。神様に明け渡す、委ねていくという態度は、「私はこのような悩みや課題を持っています。それをあなたにお渡しします。お渡ししたので私はただあなたに導かれて生きていきます」というものです。
そこには、神様は良いお方であるという神様に対する全信頼があります。
神様は私たち一人ひとりをとても愛しています。
思い煩いを全て委ねて、神様の導きの中で生きていきましょう。
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