[テトスへの手紙 3:10]
分派を作る者は、一、二度訓戒した後、除名しなさい。
おはようございます。
第一のことは第一に、菜緒です。
子供の頃、小学生の頃、仲間はずれという言葉がありました。
大人になってから、このような言葉を聞くことはほとんどなくなりましたが、それでも大人の社会でも、傍から見たら、やってることは仲間外れだよね!と思うことをたまに見かけると、とてもがっかりした気持ちになります。
私は動物のドキュメンタリーが好きです。ディズニープラスで、野生動物を観察した番組を見ることがよくあります。動物というのは自分の家族を必死で守るんです。ライオンは、ライオンの家族を必死に守るために、他の獲物を得ようとします。
でも、もちろん種族同士で分裂することもあるんです。テリトリーを決め、家族を守るために、同じ種族であっても追い出して、そして自分の家族を守ろうとするんです。
この間チンパンジーの番組を見ましたが、チンパンジーも支配者が決められ、どのチンパンジーに支配されるのかを、チンパンジー同士が決めるんです。
そこには争いがあり、喧嘩があります。
ただ、動物を見ていて思うのは彼らがやる分裂というのも、すべては家族を守るため、仲間を守るため、つまり命を守るためなんです。
でも人間の中にある分裂はどうでしょうか?
日常の中にある些細な仲間外れについてはどうでしょうか?
命を守るためなどということはほど遠く、ただ単に好き嫌いとか。ただ単に気分が乗らないとか。
ただ、単にあの人に嫌なことを言われたとか、そのようなことで、人を傷つけたり、人を嫌いになったり、仲間はずれにしたりしていることがあります。人間の醜さでもあるなと感じます。
神様はすべての人を創造されました。
そして全ての人を愛しておられます。
私たちが神様の創造物に対して分裂をもたらそうとすることは、神様の御心ではありません。
神様の御心は全ての人が救われて、神様の家族に加えられることです。
神様の恵みは十分です。
あいらっくナッシング。
