私の父は、自分のこと仏教徒って言いますが、それ言い始めたのは、私がクリスチャンになってからです。
私がクリスチャンになるまで、私は仏教徒です。なんて言葉、父から一度も聞いたことなかったです。
つまり、父は、今まで自分が吸っている空気をいちいち、認識してなかったけど、異質な空気(つまり、クリスチャンね)が入ってきたから、初めて自分の空気を定義し始めた感じ。
私がクリスチャンになってから、いちいち自分は仏教徒だって言うようになったし、私がクリスチャンになってから、やたらと仏教関連のものを買うようになったし。私がクリスチャンになってから、仏教の始まりのインドとか、中国に実際に行っていたし。
多分、今までは、それなりになんとなく仏教徒みたいな感じだったから、例えば、盆があるとか、葬式は仏式とか、仏教徒です!なんて主張する必要がなかったんだけど、家族に異質なもの(つまりクリスチャンね)が現れた瞬間に、自分の立場、自分の位置を主張しはじめたんです。
それまでは、初詣とかも結構適当だったのに、私がクリスチャンになってから、初詣とすごく重要になっちゃったし。
ちなみに、父は神社とお寺は結構ぐちゃぐちゃです。神道、仏教多分そこはどっちでも良くて、クリスチャンでなければ、どっちでもいいって感じです。
あぁ、争いってこうやって起きるんだなと。
それまでは、みんななんとなく、特に何にも意識することなく、境界線がない感じで、ふんわりと生きていたのに、いきなりある人が赤と言い始める。
すると、私は黄色を主張しなきゃ。緑を主張しなきゃとかいうふうになる。
土地だってそう。ここまでが、日本とかいうふうに言い始めると、ここは中国だとか。ここは韓国だとか言い始める。
主張し始めると、争いが起こるんです。
じゃあどうすればいいのかな?って思った時に、
人の主張にのらない
ことだなと。
私は父の仏教徒の主張に、のらないんです。
なので、父もクリスチャンのこと、色々言わなくなりました。
最初は、
俺は仏教徒だ!
って言っていたのに、
私が、
私はクリスチャンだ!
って主張し返さないから、宣戦布告で自分は旗をあげたのに、相手方が、あげてくれないので、
あれ?!ってなって、下ろした感じ。
俺は仏教徒だ!
俺は仏教徒だ!
あれ、かかってこいよ。
俺は仏教徒だ!
おーい!
父がどれだけ仏教徒を主張しようが、私は、
私はクリスチャンだよ!
を主張しないので、争いが起きません。
争いって一人でやり続けるの無理なんです。クリスチャン同士の宗派とかも。
主張し始めると、争いがおきます。
肉の働きは明白である。
すなわち、不品行、汚れ、好色、 偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、
ガラテヤ人への手紙 5:19-20 JA1955
