小さな失望や小さな落ち込みや、小さながっかりやそして小さな心配が、日々を過ごす中でどんどん大きくなり、それがだんだんと悩みの種に変わり、そして次第には、絶望になっていったり…。
そんなことがこの世には、どれほどあるだろうかと思う時に、人の心の中というものは、目に見えないものだから、ついつい後回しにしてしまいがちでもあるけれど、私たちは取り返しもつかないような状況になって、目に明らかに見える状態になって、初めて、この人は本当に苦しんでいたんだな、嘆き悲しんでいたんだなと気づくことがあります。
人が完全な絶望に至るまで、どれだけの救いの手を差し伸べるチャンスがあったのだろうか、どれだけ励ますチャンスがあったのだろうか、もっともっと問題が浅いうちに、どれだけ違う選択肢をとれる可能性があったのだろうかと思うと、時に後悔の気持ちすら湧くほどに、一度絶望まで落ちてしまった人間を引き上げるということは、非常に困難なことです。

神様は、罪の惑わしに陥って、心をかたくなにする者がないように、 今日といううちに、互いに励まし合いなさいという風に言っています。 明日に先延ばしするのは危険があるからだということを、神様がよく伝えてくれていると思います。
人間というのは弱いんです。今日弱くなってしまって、今日励まされずに、今日、心配と悩みと落ち込みの中に生きるなら、明日はもっと それが膨らむ…それほど弱いものなんです。
でも、もし今日、励まされ、今日、別の見方が与えられ、今日、別の選択肢が見えて、そして今日神様に立ち戻り、祈りの中で助けて叫ぶなら、私たちは救い引き上げられて、そして別の方向へと光の方向へと向かっていくことだってできるんです。
今日、互いに励まし合うこと。これはとっても大切なことだと思います。それは今日という日が、二度と来ないから。そして今日、励まされたからこそ、未来が変わっていくということが決して不思議ではなく、日々の中に起きているからです。
神様は、毎日生きています。神様は、毎日存在しています。神様は、毎日励ましてくれています。私たちの状況がどんな状況であれ、神様の存在は決して変わりません。 私たちは、今日、聖霊によって励まされ、自分を励まし、そして人を励まし、今日神様に仕えていくことを選びます。