クリスチャンって本当に目に見えないものをすごく大切にする人であると思う。目に見えるものよりも見えないものを大切にするって、どう考えても、この世的には頭おかしい人だよね。
だって目に見えないんだから。
霊っていうのはやっぱり、目に見えないし、だけどそれはすごく大切なもの。
命も目に見えない。心臓は動いているけれども。でもそれは臓器として動いているのであって、その心臓を動かしている霊は全く目に見えない。
でもその目に見えないものってすっごく大切。思いやりとかも目に見えない。人の親切も目に見えない。人の温かさとかも目に見えない。でもすっごく大切。
心が動かされるっていうかワクワクするっていうか、そういったものって本当に目に見えないけど、すごく大切。
人の声とかも目に見えない。目に見えないけど、どんな声で話をするかによって、気持ちって全然変わる。そういう目に見えないものってすごく大切。
あと香りとかもそう。香りも目に見えないけど、すごくいい匂いがする。嗅ぐだけですごく幸せな気持ちになったりする。
最近マンゴーが好きで、よく食べてますっていうのを、ブログでこの間、書いたけれども、昨日もやっぱりマンゴーを買った。マンゴーそのものは目に見えるけど、でもマンゴーは、マンゴーそのものが素敵っていうよりも、マンゴーの香りとか、マンゴーの味とかそういったものにすごく価値がある。私にとって。
でも味とかも目に見えない。感覚的なもの。でもこの感覚がなかったら多分、私はマンゴー買わないし、マンゴーを食べないと思う。
結局何にお金をかけているのか?って言ったら、マンゴーの香りとマンゴーの味にお金をかけているわけ。でもこの味とか香りって目に見えないものだから、結局私は目に見えないものにお金をかけている。
猫を飼おうかと考えているんだけれども、猫そのものは目に見える。それはもちろん、大切なものだけど、でもその先にあるのは猫とのふれあいだったり、猫をなでたりしたときに感じる気持ちだったり、心を通じ合わせたり、その時に感じる自分の喜び、そして猫がおそらく感じてくれるであろう気持ちを予想したり、そういったものがすごくワクワクする。
そしてそういうものが猫っていう存在、そのものよりも価値があるものだから、やっぱり目に見えないのってすごく価値がある。
信仰とは目に見えないもの。でもすごく価値がある。