自分のことを神様から引き離そうとする力は、この世に確かに存在します。
聖書にそのように書いてあります。

まず一つ、罠に陥ってはいけないことは、この世には神様から引き離そうとする力は確かに存在するわけであって、それは
自分の努力不足だとか、自分の能力不足だとか、自分の不信仰が原因ではない
ということ。
この世には確かに誘惑はあって、私たちをさまよい悪い道へ引っ張ろうとする力が存在するのであって、それは
自分が悪いからだとか、自分が霊的に聖くないからだとか、自分の弱さが原因ではない
ということ。
私たちは確かに弱い存在だけれども、私たちが弱いから、悪魔が存在するわけではないということ。私たちが強かろうが弱かろうが、悪魔は今、存在しているということ。
光があって闇がある。
これはすごく大切なポイントだと思います。
まさに、悪魔の罠というのは、あなたが神様から離れてしまったのは、
あなた自身のせいだよ、あなたに価値がないからだよ、あなたが悪い人間だからだよ
と促してきます。
私たちはその嘘を平気で信じてしまうと、ますます悪魔の思う壺…悪い循環に入っていて、神様が本当に自分のことを愛してるのかということを疑いはじめるまでに、自分には価値がないと信じてしまうのです。
そうすることで、ますます神様から離れていくという悪循環の道を辿ることになります。
光があって闇がある。
私たちはこういう世界に生きているんです。
神様の方に通ずる道があって、悪魔の方に引き寄せられる悪い道がある。
世の中はこのようになっているわけです。
もし自分に無価値感を感じたり、自分が愛されていないのではないかという風に思う時があったら、
本当は、自分は価値がなくて、愛されていないということではなくて、あなたをそのように思わせる、惑わす様々な要因が、この世にうろうろしているということです。
まるで空気のように、空気中を舞う埃のように、些細な事が積み重なって、自分の自信というものを、いくらでもなくすことができるそのような世の中です。
だからこそ、私たちは堅く立って、信仰を持ち、光の方を向いていかないといけない。
自由意志がある私たちは、しっかりと神様の武具を身につける祈りをしなきゃいけないし、聖書を読まないといけないし、神様に助けを求めていかないといけない。
なんとなーく過ごしていたら、悪魔はいつでも誘惑してくるし、悪魔はいつでも私たちを落とし穴に落とそうとする。
経済的に豊かであっても、その豊かさに満足するように仕向けてくるし、自分の生活基準がどんどん上がり、お金でなんでも解決できるようになることに慣れてしまって、神様を求めなくなったりと、自分にとって都合のいいことであっても、悪魔は悪いように悪いように使おうと策略する。
だから私たちは堅く立って、信仰を持ち、今日も神様の方を向く選択をしないといけない。
そのためにはこの世には確かに神様から引き離そうとする力が存在するんだということ、それは自分とは関係ないところで存在しているんだということを、しっかり認めないといけない。
私という人間が光と闇でできているのではなくて、私という人間は私であって、この世の中に光の力と闇の力が混在している
ということをしっかり認め、そういう世界で人間が生かされているということを認める。
自分が誘惑に強い人間ではないとわかる時、ますます神様との関係性を強めていきたいと感じます。