今日の聖書箇所は、とても励まされる言葉でした。


愛する皆さん。このように将来の勝利は確実なのですから、しっかり立って、動揺することなく、いつも、主の働きに熱心に励みなさい。なぜなら、復活は確かであり、主のための働きが決してむだに終わらないことを、あなたがたは知っているからです。

コリント人への手紙Ⅰ 15:58 JCB


私がこの言葉を読んで改めて思ったことは、毎日の生活の中で、ありとあらゆることは大丈夫だというふうに、もっともっと思えたらどれだけ自分の人生や生活は楽になるかなということです。


以前の記事でも書きましたが、私は心配がとても多いと思います。もしこれができなかったらどうしよう、もしああなったらどうしよう、そのように考えてしまうことがとても多いと思います。


頭の中ではこのような思考は減らしていきたいと分かっていても、やはりついてこない時があります。


ただ、私のこの心配性や不安症な考え方というのは、聖書的ではないと思います。


というのも、イエスははっきりと、明日のことを心配するな!と言っているからです。


非常にシンプルな言葉ですが、この言葉ほどイエスが私たちに命令していることはないと思います。


またここでパウロが言っているように、将来の勝利が確実なのだからというのが、まさに神様が言っている心配するな!の根拠になるなと思います。


将来の勝利が確実にあるにも関わらず、いろいろなことでくよくよ悩むのは、人間だから仕方ないよと正当化することは簡単ですが、でも神様が望んでいる生き方というのは、そうではなくてもっと強く、過去に囚われず、明日を憂えず、今日をしっかり生きていて欲しいと思っていると思います。


今これを書きながら、イザヤ書の強くあれ、雄々しくあれが心に浮かびました。


心配というのは、少し後ろに引っ張られるような、そんなエネルギーがあります。


私は確かに心配しやすいところがあり、その事を認めます。そして神様は、こんなに心配しやすい私を、愛し続けてくださり、許し続けて下さってることを感謝します。


と同時に、私の信仰がもっともっと強くなって、神様にもっともっと信頼できるようになって、自分の力で全ての事を解決しようと思う代わりに、神様がすべてのことを導いてくださり、助けてくださり、知恵を与えてくださるということに、信頼して生きていくことができるようにと強く願います。