第1コリント3:16-17

 

16.あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。

17.もし、誰かが神の神殿をこわすなら、神がその人を滅ぼされます。神の神殿は聖なるものだからです。

 

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心の土台にイエス・キリストを置くということは、人生のありとあらゆるものの土台にイエスがいて、イエスのために行い、イエスのために生きることだと思います。

 

神様を心に受け入れてから、神の御霊が自分の内に宿っているということは、決して軽んじられるものではなく、まさに聖書では「神殿」という言葉が使われているように、とても神秘的で、尊いものだと改めて、気付かされます。

 

神の御霊が宿っている自分の心をどれほど尊いものとし、守り、鍛え、成長させようとしているか、日々の歩みの中で、私に課されている大切な責務のようにさえ思えます。

 

私は普段このブログで、1聖句を引用するのですが、今回あえて次の節もぜひ注目したいと思いました。

 

それは、誰かが神の神殿を壊すなら、壊そうとするものを神が滅ぼされるということです。先日、ドラマの「マンダロリアン」を取り上げましたが、そのドラマでは、主人公が、大切なものを守ろうと戦う時、彼を攻撃してくるありとあらゆる敵に囲まれます。もうダメだとなった時に、八方塞がりになった時に、どこからか弾がやってくるんですねーそして、主人公を倒そうとしていた敵が、その弾によって倒れ、危機一髪守られるというシーンがよくあります。

 

勿論、ドラマですから、とてもドラマチックに描かれています。ただ思うのは、私の普段の生活の中で、思考という戦場が敵に囲まれ、もうダメだという時に、どれからか弾が飛んできて、救い出される、助け出されるということは、これまでの人生の中で、どれほど経験しているか、そして今この瞬間も、どれほど守られているのかを思う時に、感謝が溢れます。

 

神様は、神の神殿を決して壊される許されません。守り抜いてくれます。だからこそ、恐れず、大胆に御霊を受け入れて、御霊と共に生きていけばいいんだなと強く感じます。全能の神様が前に立って、大きな盾となって、今も、この時も守ってくれているからです。