イザヤ32:15
しかし、ついには、上から霊が私たちに注がれ、荒野が果樹園となり、果樹園が森とみなされるようになる。
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神様の霊が上から注がれる時に、荒野がみるみるうちに変わっていく・・・まさにこのような神様の業を日常で見ることがあります。荒れ果てた家庭が、平和な家庭へと変わっていく、壊れた人間関係が、豊かな関係へと変わっていく、傷ついた心が、癒され輝き始める・・・。
神様の霊が注がれるところには、必ず変化が静かにやってくるなと感じます。そして、私はいつも意識していることは、このような素晴らしい変化は決して「私」によって起きたものではなく、本当に神様の業、神様の恵み、神様の憐れみ、神様の霊によって、整えられているのだということをいつも意識するように心がけています。
そうしないと、すぐにまるで「私」の力のよって、「私」の努力によって、物事を変えているのだと、すぐに勘違いして、驕り高ぶってしまったり、自己過信する自分が出てきそうになるからです。
ある方は、「良いことは全て神様、失敗は全て私の責任」と仰っている方がいましたが、本当にありとあらゆるこの世の素晴らしい変化というのは、人間の力だけでは決して及ばない、神様の領域が垣間見えるような気がします。
神様が絶対的な善だと信仰を持つ時、この神様に頼って、この神様に道を示してもらいながら進むことができます。そして、今日の聖句を読んで、改めて、神様は荒野を果樹園に、果樹園を森にされる方であるということ理解し、積極的に神様の霊が上から注がれることを求めていきたいと願います。