第1テモテ 6:19

 

"来たるべき世において立派な土台となるものを自分自身のために蓄え、まことのいのちを得るように命じなさい。"
 
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子供の時、明日は遠足だと思うと、とてもワクワクしました。朝起きた時、一瞬、明日が遠足だということを忘れてしまっていて、パッと気づいて、あっ今日は遠足だったと思いだし、またワクワクが一気に戻ってきました。
 
次に来るものが楽しいと、今この瞬間も楽しいし、ワクワクするものです。
 
デートをする、パーティーがあるなどと、楽しい予定が待っていると、その日の仕事もなんだか捗る…そんなこともあります。
 
人生を考えたときに、最後のゴールが「死ぬこと」だけだと、どこか暗くて、どんよりしていて、寂しい気がします。人は当然生まれた瞬間から、死に向かっているというのは、確かに事実ですが、そのことに対して猛烈な意識を向けると、とても寂しい気持ちになります。
 
クリスチャンになる前、神様からの永遠のいのちの存在を知る前は、私にとって、生きることの目的というものを持つのがとても難しかったです。事実、クリスチャンになってからも、幾度も目的を見失い、彷徨っていました。
 
今も、闇にひきずられそうになることがありますが、随分と強くなったと思います。
 
そして、今は、この人生の先に待っていることに、もっとワクワクしながらこの人生を歩んでいきたいと、今回の聖句を読んですごく思わされました。神様に魂を救われた私が、地上人生の後、永遠にイエスと過ごす時間が待っているという事実に、私は、子供の頃の遠足のようにワクワクしていいのだと感じます。
 
死んで終わりではないというのは、罪人にとっては、とてつもなく痛手ですが、クリスチャンにとっては、心が躍るような楽しみであり、喜びです。このことに価値をしっかり置くことは、地上人生をもっともっと充実させてくれます。
 
来たるべき世において立派な土台となるものを自分自身のために蓄え、まことのいのちを得ていきたいと願います。