ヤコブ5:17
"エリヤは私たちと同じ人間でしたが、雨が降らないように熱心に祈ると、三年六か月の間、雨は地に降りませんでした。"
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こういう聖書箇所は、とてもワクワクするというか力を得ます。神様は、本当に祈りに答えてくれて、そして大胆に答えてくれるんです。
神様には不可能がないので、本当に神様は山を動かすし、天気さえ変えるし・・・小指一本で地球を簡単にどうすることもできるお方です。
ただ、「神様は何でもできる=私の思いをなんでも実現してくれる」ではないということ、アラジンの魔法のランプではないことは、同時にしっかり理解しておかないと、すぐに罠に引っかかってしまうなと思います。
神様は「私の思いを実現するため」に存在しているわけではないのは明らかなので、どうしてエリヤが祈った時には雨は止んだのに、私が祈ったあの日は雨を止めてくれなかったの!?と思ってしまうのは、聖書の間違った読み方だと気付かされます。
もし、そうやって読んでしまうなら、聖書の至る所にある奇跡的な祈りの答えの箇所を読むときに、つまづき、懐疑的な思いを持ってしまうことになると思います。
神様は人間の理解を超えた方です。だから、全部を理解できないし、できなくて自然なこと、できないように造られたのもまた神様・・・私の思いではなく、ただ神様の計画、これだけが静かに確実に実現されていることに身を委ね信頼していきたいと思います。