第1テモテ 2:1-2
1.そこで、私は何よりもまず勧めます。すべての人のために、王たちと高い地位にあるすべての人のために願い、祈り、とりなし、感謝をささげなさい。
2.それは、私たちがいつも敬虔で品位を保ち、平安で落ち着いた生活を送るためです。
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時に、自分と意見の合わない人、自分に同意してくれない人、自分の感情を傷つける人、…このような人に対して、私は心を閉ざしてしまうことがあります。
恐らく、私の自己防衛反応なんだろうなと思います。同時に、この過剰に自己弁護、自己過保護しようとする姿勢には、自分の弱さがすごく表れていて、どれほど、人の影響を受けやすい自分であるか、人に流されやすい人間であるかも表しているようにも思えます。
少しずつ、自分というものをもっとしっかり持たなくてはと思い、練習を積み重ねています。
そんな時にこの聖句は、私にとって冷たいシャワーを浴びさせてくれるような、目覚めの聖句でした。「すべての人のために」の「すべて」というのはとても強い言葉だと思います。なかなか簡単に「すべて」という言葉は使えません。でも、すべてと書いてある…やはり神様は時にほんの短い言葉であるけれど、行うのに大変難しいことを語られるなと思います。
すべての人のために祈りなさいという言葉は決して、言葉通りのすべてというよりも、心の中で拒絶している人、ひっかかっている人、そういう人のためにも祈りなさいということだと思います。当然私たちはすべての人を知らないです。でも自分の心にある人は全てわかっています。
人に対して祈れないほどに苦い気持ちや無関心を持っていることは、他でもない自分を傷つけることがあります。神様はどこまでも愛の方だから、私たちの心に苦みを持ち続けるのを心苦しく思っている、この「すべての人のために」という言葉も、きっと神様の憐れみと優しさの表れなのだと思います。